第7話:異世界での生活 2

 城下に繰り出した明日香は、城の中では感じる事のできなかった賑わいに自然と笑みを浮かべていた。

 多くの人が通りを行き交い、そんな人たちを呼び込もうと商人が声をあげ、子供たちの笑い声が響き渡っていく。

 街並みも美しくほとんどの外壁が白で統一されており、花を飾っている建物も多く色合いも綺麗で視界だけでも楽しむ事ができていた。


「うわー! とても美しい街並みですね!」

「はい。俺もそう思います」

「ですよね! これを見られただけでも嬉しいです!」

「それはよかったです」

「「……」」


 街並みはとても美しい。しかし、イーライとの会話が弾まずにどうしたものかと思案する。


「あ! あっちで子供たちが遊んでいますね! 楽しそうだなー!」

「そうですね」

「あっちの花壇は綺麗ですね! 見ていて飽きないなー!」

「そうですね」

「ん~! 香ばしい匂いが堪りませんね!」

「食べますか? バーグマン様からは経費で落としていいと言われているので」

「……経費になるなら結構です」

「そうですか?」

「そうですよ!」


 元会社員としては無駄な経費を使いたくないと考えてしまいそう口にしたのだが、ここでは客人扱いである。経費の事など考える必要はまるでなかった。


「……少し、失礼します」

「いいけど……え? あの、ヤングストン様?」


 イーライが向かった先は、明日香が香ばしい匂いと口にした屋台の前だ。

 慣れた様子で肉の串焼きを購入すると、口を開けて固まっている明日香の下に戻ってきた。


「どうぞ」

「……あの、いいんですか? 経費ですよね?」

「経費が嫌だと言うなら、これは私の奢りです」

「えぇっ!? そ、それこそダメじゃないですか! 経費でいいですよ、経費で!」


 当然のようにお金を出したイーライに慌てて経費で構わないと告げると、当の本人は首を傾げつつも了承してくれた。


「それと、私の事はイーライとお呼びください。立場としてはヤマト様の方が上なので」

「……え? 私の方が立場は上なんですか?」


 串焼きを手渡しながらの言葉に聞き返すと、イーライは無言で頷いた。


「……いやいや! 私なんてただ巻き込まれただけの人間ですよ? それなのにヤングストン様より立場が上だなんてあり得ませんよ!」

「いえ、間違いなく事実です。立場をはっきりさせるためにもイーライとお呼びください」


 頑として言い張るイーライにどうするべきか悩みに悩んでしまった明日香だったが、一切表情を変えないイーライを見ているとこちらが折れるしかないと判断した。


「…………分かりました」

「ありがとうございます、ヤマトさ――」

「ただし! 私の事は明日香と呼んでください!」


 イーライの言葉を遮るようにしてそう口にした明日香。

 ずっと真面目な表情を崩さなかったイーライだが、この時だけは呆れた表情を浮かべていた。


「……何を言っているのですか?」

「そのままの意味です! イーライと呼び捨てにするので、私の事も呼び捨てにするように!」

「無理です。ヤマト様の方が立場は上なんですよ?」

「上とか下とか関係ありません! 私がそうしたいから言っているんです!」

「ですが……」

「ですがも何もありません! お願いですからそうしてください!」


 イーライからすると上下関係をはっきりさせるために必要な事なのだが、明日香にも彼女なりの理由が存在している。


(ヤングストン様はアル様やリヒト様と違って数値も低い。マイナスじゃないし普通に話せる人が一人くらいいて欲しいんだもの!)


 明日香が言っている数値というのは、彼女の視界に映っている数字の事だ。

 目にした相手の名前が表示され、さらに好感度という数値が映し出されている。

 100が最大値なのに対してアルが40、リヒトが50と高い数値になっているのだが、イーライの数値は20とやや低めだ。

 召喚された初日にしか顔を合わせていない岳人たちは0やマイナスの数値になっている者もいた事を考えると、平等な立場で話せる相手を作るとなればイーライは最高の人物だった。


「お願いです、ヤングストン様! これを認めてくれないと、私はずっとヤングストン様って呼びますよ!」


 やや脅しにも取れる発言にイーライは渋い顔をしたのだが、しばらくしてため息交じりにゆっくりと頷いた。


「……分かりました。では、私もアスカ様と呼ばせていただき――」

「明日香! ですよね?」

「……アスカ」

「うん! そうそう、イーライ。敬語もいらないからね?」

「いや、それはさすがに……」

「……お願い! いいでしょう、イーライ?」

「……ぅ……ぐぬぬ…………あーもう! 分かりました、分かったから! ずっと見るなよ!」


 真面目な表情から徐々に顔が赤くなり、最終的には顔を逸らして地の話し方が飛び出した。


「分かった! ありがとね、イーライ!」

「……もうそれでいいよ。あー、絶対に殿下とバーグマン様から怒られるなぁ」

「絶対にそんな事はさせないわ! 私からも口添えしておくから安心してね!」


 怒られると呟いたイーライに対して明日香がそう口にすると、彼は何度も瞬きを繰り返す。


「……いや、俺なんかのために口添えをするのは良くない。アスカの願いで普通に話しているが、実際の立場は俺の方が明らかに下なんだからな」

「だからこそじゃないのよ! 私の立場が上だって言うなら、そんな私がそうお願いしているんだからイーライは従うしかないでしょう? それなら口添えする理由にはなるよね!」

「……たかが騎士一人のために?」

「私にとってはたかが一人の騎士じゃないの! ……こうやって普通に話ができる人がイーライしかいないんだよ? イーライはとっても大事な立ち位置にいるんだからね!」


 これは明日香だけの言い分なのだが、イーライとしてはここで自分が折れる事で二人とも満足のいく結果を得られると判断した。


「……それじゃあ、よろしく頼む」


 この時点でイーライの好感度が20から25に上がっている事で悪感情を抱いているわけではないと分かり、明日香は内心でホッとしていた。

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