第5話:巻き込まれ勇者召喚 4

「……アル様、お戯れが過ぎますよ」

「ふん! 二人の時くらいは堅苦しいのから解放されたいんだよ」

「今はアスカ様もいらっしゃいますが?」

「そうだが、私たちが堅苦しい言葉を使っていたらヤマト様もリラックスできないだろう」


 もっともらしい事を言われてしまいリヒトは言葉に詰まってしまう。


「どうだろうか、ヤマト様?」


 アルディアンはこのタイミングしかないと思ったのか視線を明日香へ向ける。


「えっと……その、本当にいいんでしょうか?」

「もちろんだ! ヤマト様は納得してくれたぞ、リヒト!」

「……はぁ。分かりました、それでよろしいと思いますよ」

「おい! ため息とはなんだ、ため息とは!」

「いつものようにしろと言ったのはアル様、あなたですよ?」

「うぐっ! それは……まあ、そうだが……」


 二人のやり取りは見ていて友人同士のじゃれ合いのようだと明日香には見えていた。

 そのせいもあってか、しばらくは黙って見ていたのだが次第に頬が緩んでくると、いつしか我慢できずに声を出して笑ってしまっていた。


「……ふふ……あはは!」

「……アスカ様?」

「……ヤマト様?」

「はっ! ご、ごめんなさい! いや、申し訳ございませんでした!」

「い、いや、別に言葉遣いを直す必要はないのだが……うん、いいな」

「そうですね、いいですね」

「……? えっと、何がですか?」


 首を傾げながらそう口にすると、二人は顔を見合わせた後に明日香へ向き直る。そして――


「「笑顔が可愛いです」」

「…………な、なななな、何を言っているんですかああああぁぁっ!?」


 頬に両手を当てて顔を背ける明日香を見て、二人は微笑みながら大きく頷いた。


「恥ずかしがる姿も可愛いですね」

「そうだな。心が洗われるようだ」

「もう! 冗談はこれくらいにしてください! 私の心が持ちませんから!」


 最終的には二人に背中を向けた明日香だったが、振り抜いた先にあった鏡に自分の姿が映ると、顔を真っ赤にさせている事に気づかされてしまいさらに恥ずかしくなる。


「それではヤマト様。私はこの辺りで失礼したいと思います」

「……お忙しいですもんね、気にしないでください」


 アルディアンの言葉に振り返った明日香が見た表情は、とても疲れているように見えた。

 だからかもしれないが、明日香の口からはアルディアンを気遣う言葉が自然と出てくる。


「改めてになるが、この度は巻き込んでしまい本当に申し訳なかった。ヤマト様は謝るなと言うかもしれないが、今はこのようにしか誠意を見せる事ができないのだ、許して欲しい」

「私はほんっとうに気にしていませんからね」


 顔を上げたアルディアンが明日香の笑みを目にすると、疲れた表情の中にも笑みが蘇る。


「……彼らも、ヤマト様のような者たちであればよかったのだがな」

「え?」

「あ、いや、なんでもない。リヒト、後は任せたぞ」

「かしこまりました、アル様」


 この場をリヒトに任せて立ち去ろうとしたアルディアンだったが、扉の前で一度立ち止まると微笑みを浮かべながら振り返りこう告げた。


「そうだ、ヤマト様」

「なんですか?」

「私の事は殿下ではなくアルと呼ぶように」

「……はああぁぁあぁあっ!? ちょっと殿下、それはさすがに――」

「それでは失礼します」


 最後の最後で爆弾発言を残していったアルディアンことアルは、今度こそ執務室を後にした。

 残された明日香は呼び止めようと伸ばした右手をだらりと下ろしてリヒトを見る。


「……あの、バーグマン様? 私はどうしたら?」

「アルでいいと思いますよ?」

「……いいんですかねぇ。これ、本当にいいんですかねぇ」

「いいんですよ、アル様がご自身で口にされたのですから」


 そう口にしているリヒトの顔は、どこかにやけているようだった。


 リヒトとの話し合いは早い段階で終了となった。

 その理由としては、残業からの仕事帰りに召喚された事もあり、明日香に睡魔が襲い掛かって来たからだ。


「こちらがアスカ様のお部屋になります」

「……こ、こんな豪華な部屋、いらないんですけど?」


 両扉の先に広がっていたのは、日本の部屋よりも明らかに広く豪華な部屋だった。

 その時点で圧倒されたのだが、視線の先にはキングサイズのベッドがあり、テーブルには据え置きなのか色とりどりの果物が置かれている。

 家具に関しても金銀様々な色で装飾されたものが置かれているので、意味もなく触るのは遠慮したいものが揃えられていた。


「何か入用なものがありましたら、テーブルに置かれているベルを鳴らしてください。専属のメイドがお伺いいたしますので」

「せ、専属のメイドですか!?」

「それでは失礼いたします」

「ちょっとバーグマン様!?」


 部屋を出て行こうとしたリヒトだったが、扉の前で立ち止まると満面の笑みで振り返る。

 この光景に明日香はアルの時と同じ雰囲気を感じ取っていた。


「それとですね、アスカ様。私の事はリヒトとお呼びください」

「嫌です」

「よろしくお願いしますね。それでは」

「嫌ですってば! ちょっとバーグマン様! バーグマン様! ……リヒト様~!?」


 こうして明日香にとっての異世界一日目が終了した。

 今回も伸ばした右手をだらりと下ろしてしばらく固まっていた明日香だが、睡魔が何度も襲い掛かってきているので仕方なくベッドの端に腰掛ける。


「……はぁ。本当に何なんだろう。それに、これも意味が分からないし」


 ため息をつきながらそう口にした明日香だったが、これと言ったものはすでに消えている。

 リヒトとアルにも、言ってしまえば岳人たちにも、内容は違えども似たものが出てきていた。


「……まあ、今考えたって仕方ないよね。これがこの世界の普通なんだもの」


 体を流したいと思いながらも、頭の中がぐちゃぐちゃでまずは休む事を優先した明日香は、メガネを脇のサイドテーブルに置いて横になる。


「……本当に……疲れた……なぁ…………」


 そして、睡魔が限界まで訪れていた事もあり一瞬にして眠りについたのだった。

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