第4話:巻き込まれ勇者召喚 3
しかし、明日香の提案はリヒトからすると予想外だったようで驚きの声を漏らす。
「私は日本で普通に働いていました。……まあ、仕事に追われる生活をしていたんですけどね」
あはは、と笑いながらそう口にした明日香はそのまま話を続けていく。
「ここにいれば生活に困る事はないと思いますし仕事もさせてもらえると思うんですが……一度やってみたかった事があるんです」
「やってみたかったですか?」
「はい。自分がやりたい事を、自分のリズムでやっていく事です。誰にも指示されず、誰にも催促されず、自分の責任で何かをやってみたいなって思っていたんです」
苦笑いを浮かべながらではあるが、明日香の声はどこか弾んでいるように聞こえる。
「日本ではできなかった事をこっちの世界で、って言うのはおかしな話なんですけど、やれるチャンスがあるならやってみたいなって思ったんです」
「……いいえ、とても素晴らしいお考えだと思いますよ」
断られるかもしれない、笑われるかもしれないと思っていた明日香だったが、リヒトは優しい笑みを浮かべながら大きく頷いてくれた。
そして、明日香の願いを叶えるためにはどうすればいいのかを考え始めた。
「そうですねぇ……アルディアン殿下に話を通してからにはなりますが、しばらくは城で生活をしていただきながらこちらの世界の常識を学んでいただきます」
「分かりました。そこだけは不安だったんですよねぇ」
明日香は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「私もアスカ様の意思を尊重したいとは思いますが、最低限の常識を身に付けていただくまでは城の外での生活は禁止します。いいですね?」
「はい!」
ここまでの話し合いは順調に進んでいた。
――コンコン。
しかし、部屋の扉がノックされるとリヒトは表情を引き締めて歩き出した。
「……バーグマン様?」
「ご心配なく」
表情とは異なり明日香へ掛ける言葉はとても優しい声音をしている。
扉がリヒトの手で開かれると、そこには美しい金髪を汗で額に張り付かせたアルディアンが立っていた。
「リヒト!」
「お待ちしておりました、アルディアン殿下」
「ええぇぇえぇえっ! で、殿下!?」
四人と一緒にいたはずのアルディアンが登場するとは思ってもいなかったのか、明日香は驚きの声をあげるのと同時に顔を引きつらせていた。
そして、その場ですぐに立ち上がると頭を下げてできる限りの礼を尽くそうとした。
「さ、先ほどは名乗りもせずに申し訳ございませんでした! 私は大和明日香と申します!」
「顔を上げてください! 謝罪すべきなのは私の方なのですから!」
しかし、アルディアンは慌てたように明日香へ駆け寄るとその肩を優しく掴み顔を上げる。
顔を上げた明日香の表情は困惑に染まっているが、それでもアルディアンは言葉を続けこちらも礼を尽くそうとした。
「私たちがヤマト様を巻き込んでしまったのです。謝って許される事ではないと重々承知しております。ですが、どうか私の謝罪を受け入れて欲しい、誠に申し訳なかった!」
「そんな! 殿下ともあろうお方が軽々しく平民に頭を下げてはいけません! あの、本当にいいですから、頭を上げてください! バーグマン様からも仰ってくださいよ~!」
二人のやり取りを見ていたリヒトは、笑ってはいけないと分かっていながらも笑みを押し殺す事ができなかった。
「……ふふ……ふふふ!」
「な、何を笑っているんだ、リヒト!」
「そうですよ、バーグマン様!」
「いや、本当にすみません。ですが、二人のやり取りが面白かったもので」
「「……え?」」
「お互いに謝り合おうとしているのですよ? とても不思議な光景を見ているようでした」
僅かではあるがリヒトは明日香と時間を共にして彼女の性格を知る事ができた。だからこそ今の状況でも笑う事ができた。
しかし、アルディアンはその事をまだ知らない。明日香が怒り狂っているかもしれないと急いでリヒトの執務室まで駆けつけたのだ。
「アルディアン殿下。アスカ様はすでにお許しになられておられます」
「……そ、そうなのか?」
「はい。とても聡明なお方であり、心優しき女性です」
「……ヤマト様。本当に、許してくれるのか?」
リヒトの言い回しにだいぶ恥ずかしさを覚えていた明日香だったが、アルディアンの問い掛けを無視するわけにもいかず、表情を引き締め直すと最後にはニコリと微笑んだ。
「もちろんです、殿下。最初こそ困惑していましたが、バーグマン様から心のこもった謝罪を受け取りましたし、今の状況を詳しく説明していただきました。私は全てを受け入れるつもりでおりますので、頭を下げるような事はしないでください」
「……そう、ですか。あぁ、あなたはリヒトが言う通り聡明で、心優しい女性なのですね」
「で、殿下までそんな事を。私は普通の会社員……じゃなかった、平民ですよ」
「そのように言ってくれるだけで本当にありがたいです……えぇ、本当にね」
「……アルディアン殿下?」
先ほどまで普通に会話をしていたのだが、突然に表情を曇らせて疲れた顔になる。
その様子が心配だったのかリヒトが慌てて声を掛けた。
「あ、あぁ、すまない。どうやら、勇者たちの対応で疲れが出てしまったようだ」
「勇者たちって、私と一緒に召喚された四人の方ですね?」
「そうなんだが……そうだ、ヤマト様。私たちに対しては普通に接して欲しい」
アルディアンが無理やり話題を変えたように感じられた明日香だったが、話の内容が無視できないものだったので両手を顔の前で横に振りながら無理だと告げる。
「殿下を相手にそのような事はできません!」
「私が気にするなと言っているのだから良いのだよ」
「で、ですが……」
良いと言われて、はいそうですかと言える内容ではない。明日香がどうするべきか考え込んでいると、アルディアンがさらに言葉を重ねてきた。
「ならばリヒトよ、お前も私に対する言葉遣いをいつものようにしろ」
「いつものように、とは?」
「分かり切った事を聞くな、リヒト。お前も周りに誰もいないときは愛称で呼ぶくせに」
「えっ! ……そうなんですか?」
思わず口を開いた明日香だったが、リヒトは少し呆れたような表情でため息をついた。
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