第3話:巻き込まれ勇者召喚 2

 向かった先はリヒトの執務室だった。

 壁際の机には少しばかりの書類と本が置かれており、中央には応接用のテーブルセット。

 補佐官という立場からもっと多くの書類の山に囲まれていると想像していた明日香からすると予想外の綺麗さで、これだけでもリヒトが仕事のできる人間である事はすぐに分かった。

 明日香をテーブルセットに案内すると、リヒトはポットから紅茶を入れて戻ってきた。

 カップから漂う爽やかな香りに、明日香は体から僅かに力が抜けていくのを感じた。


「……とても良い香りですね」

「はい。バーベラティーと言いまして、緊張を和らげる効能がある紅茶なんです。サッパリとした甘みもあって、女性にも人気が高いんですよ」


 リヒトの説明を耳にしながらカップを手に取り鼻に近づけ、そのまま口を付ける。


「……うん! とっても美味しいですね!」

「お口に合ってよかったです。では、まずは私たちがなぜ勇者を召喚するに至ったのかを説明させていただきます。よろしいですか?」

「……はい」


 緊張が解けたと判断したリヒトの言葉に、明日香は居住まいを正して返事をする。

 そこからの説明は、明日香が読んでいた漫画や小説と似た内容のものだった。

 剣と魔法の世界で、魔獣と呼ばれる人間の天敵がいる。今回の勇者召喚は100年に一度だけ現れると伝えられている天災級魔獣を討伐するためだと聞かされた。

 異世界から召喚された者はこの世界の者よりもステータスが高かったり、特別な力を持っている事が多く、四人の勇者には相当な期待が寄せられている。


「……ステータスが高かったり特別な力、ですか?」

「はい。アスカ様にも後ほど試してもらおうと思っていたのですが……こちらです」


 首を横にコテンと倒した明日香へ微笑みながら、リヒトは懐から一枚の用紙を取り出した。


「こちらがステータスを確認するための魔導具になります」

「……ま、魔導具、ですか?」

「こちらにアスカ様のお名前を記入いただいてよろしいですか?」

「は、はい」


 用紙をテーブルに置いたリヒトは隣にインクを置き、羽ペンを手渡す。


「……あの、名前って日本語でいいんですか?」

「構いません。おそらく自動的にこの世界の言葉に変換されるはずですから」


 便利なものだと思いつつ、明日香は日本語で指示された用紙の上部に名前を記入する。

 すると、用紙から光が溢れ出してリヒトが口にした通りに日本語で書かれた名前がこの世界の文字に変換されていく。

 その光景を呆気にとられたまま見つめていた明日香だったが、名前の下の部分の文字にも変化が起きた事に気づいてそちらへ視線を向ける。


「……あれ? そういえば、普通にこの世界の文字が読めるし、バーグマン様とも会話をしていましたね」

「これも召喚者特有の特別な力と言えるでしょうね。アスカ様ならば、マグノリア王国を出たとしても言葉には不自由しないはずですよ」

「あはは。今のところは出て行く予定はありませんけどね」


 頼れるものが何一つないのだからと思っていると、用紙の変化が終わり明日香のステータスが記されていた。

 対面から二人で用紙を覗き込んでいるが、明日香には良し悪しが全く分からない。

 確認するために明日香は顔を上げたのだが、リヒトの顔を間近で見る事になってしまった。


「……綺麗な翠髪ですねぇ」

「え?」

「……あっ! いえ、なんでもありません! そ、それで私のステータスってどうなんですか?」


 思わず口にしてしまった感想に恥ずかしくなり、明日香は慌てて用紙へと視線を落とす。


「……そうですね。はっきりと申し上げてもよろしいですか?」

「……は、はい」


 何やら含みを持たせた物言いに緊張が増してきた明日香。


「分かりました。……とても低いです。そして、特別な力もないようです」

「あ……やっぱり、そうですか」


 リヒトと話をする中で気持ちがだいぶ向上していた明日香だったが、自分のステータスが低いと言われてしまい再び落ち込んでしまった。


「アスカ様……」


 こうなるかもしれないと思っていたからこそ確認を取ったうえで口にしたリヒトだったが、目の前の様子を見るとやはり口にしなければよかったと感じてしまう。


「……いえ、大丈夫です。分かっていた事ですからね!」


 だが、今回は自暴自棄になるような事はなかった。

 顔を上げた明日香は自然な笑みを浮かべており、今のこの状況をしっかりと受け止めているように見える。


「……無理をしていませんか?」

「していませんよ。だって、私はなんの特徴もない普通の会社員でしたからね!」


 胸を張って威張る仕草を明日香が見せると、リヒトは驚きの後に柔らかな笑みを浮かべる。

 そして、話題は今後についての話になっていく。


「我々としては皆様に城の中に部屋を用意して生活をしていただく予定になっています」

「えっと、それは私もですか?」

「もちろんです。むしろ、巻き込んでしまったのですから当然と言えます。生活するうえで必要な物も全て準備させていただきます」

「……私は何をしたらいいんですか?」


 四人の勇者は魔獣を退けるために戦う事になるだろう。ならば自分は何をすればいいのかと疑問が浮かんできた。

 まさか何もせずに衣食住が与えられるとなれば、それこそ四人から文句を言われかねない。


「……正直なところ、どうするべきか迷っています。最初はアスカ様のステータスを確認してからアルディアン殿下に相談するつもりだったのですが、このステータスだと戦場に立たせるわけにはいかないので内部の仕事になると思うのですが……」


 明日香のステータスは相当に低いようでリヒトも対応に苦慮しているようだった。


「……でしたら、城を出る事も可能ですか?」

「え? 城を出る、ですか?」


 明日香としても自分だけが城の中で何もせずダラダラと過ごすのは性に合わないと思っていたので、どうせなら自分で仕事を探してもいいかなと考えていた。

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