第2話:巻き込まれ勇者召喚 1
――あまりの眩しさに瞼を閉じていた明日香だったが、先ほどまでは感じなかったざわめきを耳にしてゆっくりと瞼を開いていく。
すると、そこは駐車場でもコンビニでもなく、とても広く豪奢な飾りつけが施されている見た事のない大広間になっていた。
「……何が、どうなっているの?」
そうポツリと呟くと、その声が届いたのかどうかは分からないが後ろから声が聞こえてきた。
「突然の召喚をお許しください――異世界の勇者様」
穏やかで落ち着いた声に振り返ると、そこには美しい金色の髪を揺らしながら頭を下げる男性が立っていた。
「……はぁ? 勇者って、俺たちの事か?」
だが、男性が口にした勇者は明日香だけではなかった。
「いえ~い! なんだか楽しいそうじゃん? 面白そうじゃな~い?」
「あまり考えにくいけど、ここは日本じゃないのかしら?」
「えっと、あの、その……えぇぇ~?」
コンビニの駐車場にたむろしていた四人の学生――男性一人と女性三人が明日香の隣に立っていたのだ。
顔を上げた男性は学生たちの発言に少し困ったような顔を上げたのだが、その表情は一気に困惑に染まっていく。
「わお! イケメンじゃない?」
「あぁん? 俺よりもイケメンってかぁ?」
「岳人の方が格好いいですよ」
「あの、私は、その……」
学生たちは男性の顔立ちを見て盛り上がっているようだが、明日香だけはこの状況を必死に理解しようとしていた。
スマホで漫画や小説を暇潰し程度に読んでいた明日香は、設定としてよくある話が現実に起きているのではないかとあり得ない考えを思い浮かべていた。
しかし、目の前の男性は確かに口にしていた。『召喚』だと、『異世界の勇者』だと。
「……誰か! リヒトを呼べ!」
そして、男性は困惑から焦ったような表情に変えてそう叫んだ。
理解しようとしている間にも新たな疑問が浮かんでくる状況に、明日香の頭の中はパンク寸前に陥ってしまう。
そんな中、男性とはまた別の人物が大広間に姿を現した。
「アルディアン殿下! どうしましたか!」
「リヒトの話では――召喚者は四人という事ではなかったか?」
「確か、そのはずですが……え?」
「あぁ。この場には五人の召喚者がいる」
彼らの会話を耳にした明日香は、誰かが召喚に巻き込まれたのだと推測する。
そして、誰が巻き込まれたのかも同時に理解してしまった。
(あぁ……私って、どこに行っても面倒事に巻き込まれるんだなぁ)
ただ一人、この場の状況を理解してしまった明日香は誰にも気づかれる事なく落胆していた。
「……皆様、申し訳ございません。我々が行った勇者召喚なのですが、本来は四人の方だけをこちらへお呼びするものでした。ですが、どなたかが巻き込まれてしまったようで……」
そう説明したのは後からやって来たメガネを掛け、リヒトと呼ばれた翠髪の男性だった。
「いやん、こっちもイケメン」
「巻き込まれただぁ? ……んなもん、そっちの年増に決まってるだろうが!」
「ですね。私たちは一緒にいたわけですし」
「いえ、その、年増では、ないかと……」
普段の明日香なら年増と言われて怒っていたところだが、巻き込まれた事実は変わらないので何も言い返せない。
そして、アルディアンやリヒトも明日香の反応を見て彼女が巻き込まれた者だと判断した。
「……では、勇者様方は私と一緒に来てもらいたい。私はマグノリア王国の第一王子、アルディアン・マグノリアと申します」
「ひゅ~。第一王子だってよ!」
「イケメン王子だって~! ……でも、岳人の方がイケメンだよね~!」
「当然よ」
「あの、その、ごめんなさい……」
アルディアンに促されて学生四人は大広間から出て行った。
残された明日香に優しく声を掛けたのは、後からやって来たリヒトだった。
「私はアルディアン殿下の補佐官を務めております、リヒト・バーグマンと申します。もしよろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「……大和、明日香」
「では、アスカ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……様付けなんていりませんよ。私はただ巻き込まれただけの人間ですから」
自暴自棄になってしまっている明日香の言葉にリヒトは申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「アスカ様。この度は私たちの不手際に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
そして、リヒトはそんな明日香に向けて謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた。
この行動に明日香は驚き、目を見開きながら顔を上げた。
「……ど、どうして私なんかに頭を下げているんですか? あなた、第一王子様の補佐官なんでしょう?」
「その通りです。ですが、自らの過ちを謝罪できないような人間ではありません!」
顔を上げる事なくそう口にしたリヒトを不憫に思った明日香は、気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸を始めた。そして――
「すー……はー……すー……はー…………顔を上げてください、バーグマン様」
頭を下げ続けているリヒトに声を掛けると、顔を上げた彼が見たものは微笑みを浮かべた明日香の姿だった。
「……アスカ、様?」
「だから様付けはいりません! 私はごく普通の会社員……じゃなくて、平民? みたいなものですから」
「……いえ、我々からすれば、異世界の皆様は等しく歓待するべき方々ですから」
明日香の優しい心を知ったリヒトが苦笑を浮かべると、詳しい説明をしたいからと場所の移動を提案した。
「構いませんけど……で、できれば、さっきの人たちとは別の部屋でお願いできますか?」
「そのつもりですよ。彼らの態度は何と言いますか……アスカ様に対して失礼だったので」
「あー……分かりました?」
「はい。アスカ様の方が美しいと思うのですが、そちらの世界では違うようですね」
「……はい!?」
微笑みながらサラリと美しいなどと口にしたリヒトに、明日香は声を裏返してしまう。
「な、なななな、何を言っているんですか!? 私なんて二五歳にもなって彼氏もいませんし、彼氏いない歴が年齢ですし、美しいなんて言われた事なんて一度もないんですよ!?」
「そうなのですか? ……まあ、美しいものの基準は人それぞれですからね。では、部屋を移りましょうか、ご案内いたします」
そう口にして歩き出したリヒトの背中を見つめながら、明日香は内心で非常に焦っていた。
(そ、そんな事を言われた後に部屋を移動するとか、私の精神がああああぁぁっ!?)
「どうしましたか、アスカ様?」
「ふえぇっ!? い、今行きます!」
頭を抱えそうになっているところへ声を掛けられた明日香は、慌ててリヒトの背中を追い掛けたのだった。
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