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その日以来、拓巳は少しずつ家事を手伝わせてくれるようになった。
体を動かさなければせっかく取り戻した体力もなくなってしまう。そう理由をつけて菜月はひとつずつ家でできることを増やしていった。
ある日、拓巳から「散歩ぐらいなら出かけてもいいよ」と外出の許可が出た。体調がよく、天気も悪くない日で数時間だけという条件付きだが、それでも菜月は嬉しかった。これ以上家の中にいたら根っこが生えてきそうなんて言っていたおかげかもしれない。
菜月の希望を聞いたのか、次の日はよく晴れた。
いつもより早く起きた菜月はさっそく服選びに徹する。
少し暑くなってきたから半袖で十分だろうけど、日焼けを避けるためには長袖を着た方がいいかもしれない。洋服タンスの前で悩んでいると拓巳が寝室から出てきた。
「おはよう」
「おはよ! 今日なら出かけてもいいでしょ?」
その時の菜月はまるで冒険に出かける前の少女だった。
窓の外に広がるきれいな青い空を見た拓巳は、観念したかのように「いいよ」と笑った。
そろって朝食をとっているあいだ、拓巳は何度も条件を繰り返した。それに加えて具合が悪くなったらすぐ自分を呼ぶように言った。
「仕事でしょ?」
「仕事してても行くから」
「……わかった」
ここは菜月が折れるしかない。
そういうところはもととはいえ病人が健康な人に勝てるはずもない。素直にうなずく菜月。
心配そうな顔をした拓巳を笑顔で送り出し、部屋に戻って外出の準備をした。選んだ服に着替えて、数ヶ月ぶりの化粧をした。日差しよけの大きめな麦わら帽子をかぶり、日焼け止めを念入りに塗って玄関を開ける。
一歩外に出た瞬間、歓迎するかのような風が菜月を包んだ。
マンションを出て、高く上った太陽の下を歩く。
退院を祝うように舞っていた桜は、もう緑の葉を茂らせていた。
初日の今日は最寄りの駅まで歩いて昼食を買って帰ろう、菜月はそう決めていた。簡単な目標があった方が達成感がある。
駅までの道なら歩道が整備されていて、辛くなった時に休めるベンチや公園もいくつかある。
少しずつ距離を伸ばして、そのうち病院まで歩いて行けるくらい体力が戻ればいい。
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