*3
目を覚ましてから五日目、菜月は熱を出した。
「だから言ったのに」
菜月の母、
叱りに来るくらいなら見舞いになんて来なくていいのに、なんて思いは差し出されたゼリーを見た瞬間に消え去った。顔を緩ませながらカラフルなパッケージを眺めてどれにしようか悩んだ末、高級そうなメロンを選ぶ。
「あら、それでいいの? みかんにすると思ってたんだけど、まあいいわ」
「残りは冷蔵庫に冷やしておいて」
「はいはい。熱は下がったの?」
「もともと高くないよ」
「ならよかった」
小さい冷蔵庫を閉めて寄り添うようにベッドの横に座り、菜月が手のひらで包むように持っていたゼリーのカップをとってビニールのふたを開けた。スプーンを取りだし、ゼリーをすくって菜月に差し出す。
これくらいのことならできると言っても、こぼされたら困ると恵子は菜月を甘やかした。
ボール状の果肉が混ざったゼリーは思っていたよりも甘く、口の中でいつまでも存在を主張していた。やっぱりみかんにすればよかったと食べ終わったときに少しだけ思う。
「そういえばね、
伊月、名前を聞いてから遅れて弟だということを思い出す。
菜月には年の離れた弟がいた。小さいころは「お姉ちゃん」とよく後ろを追いかけてきたのに、中学に入ってからはほとんど喋る機会がなくなった。菜月が大学に通うためにひとり暮らしをしていたせいもあるかもしれない。
たまに実家に帰っても部屋でゲームをしているか漫画を読んでいる。興味本位でバレンタインチョコもらったの? なんて聞いた時にはめちゃくちゃ嫌な顔をされた。思春期真っ只中の相手に聞くべきことではなかったと反省した。
あれ以来菜月から話しかけることはぐんと減った。
「伊月、別に頭悪くはないんでしょ。恥ずかしいから言わないだけで、結構考えてるのかもよ?」
「恥ずかしいってなによー。大事なことなんだから話してくれないと」
「そのうち言ってくるって」
菜月がなだめても恵子は納得いかないようだった。
夕方になると拓巳が顔を出し、恵子は待っていたかのように同じ話をした。どうやって大学を決めたのか、いつぐらいから勉強に力を入れたかなど根掘り葉掘り聞き、拓巳が丁寧に答えることに対してさらに質問した。
こんなこと聞いたってどうせ「余計なお世話」だと言われて無駄になるに決まっている。そういえば、と菜月は大学受験当日に大量のお守りを渡されたことを思い出す。「ここがいいって聞いたから!」などと必死な顔で押し付けてきた。せめてひとつにしてくれと言っても譲らなかった。
心配性なのは昔からだ。
菜月が家を出てしまったせいで、ふたり分の心配が伊月に注がれているんだろう。
面会時間ぎりぎりまで拓巳を拘束し「これで伊月も大丈夫」と知識を詰め込んで満足したのかそそくさと帰っていった。
ろくに菜月と話をできなかった拓巳は少し寂しそうに病室を後にした。
熱を出して反省した菜月は次の日からリハビリはメニュー通りのみにした。
物足りない気持ちはあったものの、無理をしてまた体調を崩しては入院生活が長くなり、一生懸命リハビリしたのも無駄になってしまう。
早く退院したい気持ちを抑え、菜月は自分の体に向き合った。
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