4 瞳と花火④
石段を上がると拝殿の階段に腰かけている西山くんがいた。
学校でも帰り道でもずっと探していた姿が今目の前にいることに雪帆は緊張を隠せない。
「久しぶり」
悲しそうな顔で西山くんはそう言った。
ただそれだけ。
たった一言なのに、雪帆がそこにいることを否定しているようだった。
「祭り、誰と来たの?」
「美波と……」
「あのひとは?」
西山くんは綾斗のことを名前で呼ばない。
「別れたの」
「そうなんだ」
力が抜けたように言って、静かに口をつぐんだ。
言おうとしていたことや、聞きたかったことが雪帆の中で消えていく。
「……なんで来たの?」
今さらなにをしようというんだ、というような今まで向けられたことがない視線を浴びた。体の奥まで突き刺さるような、きつくて痛い視線。
「邪魔するつもりはなかったの。ただ、足が勝手に動いちゃって。ごめんなさい」
「邪魔って、なにしてると思ったの」
「え」
「俺、夏目さんとなんもしてないよ」
なにもしてない。ただその一言でほんの少しだけ気持ちが晴れた。
でも。
「前に進むって……」
「そう言ったね」
「……もしかして、私のせい?」
「そうだよ」
はっきりとした口調で言った。
後悔や罪悪感が雪帆を包み込み、暗い闇に襲われる。
「雪帆が俺のことまだ好きなことを知っているのに、他の人を見ようって気になると思う?」
悲しそうな顔をして雪帆を見つめる西山くん。言いかけた言葉を飲み込んで、なにもなかったかのように悲しそうに笑って言葉を続ける。
「お願いだからさ、無駄に期待させないで」
この今の雪帆の行動がどれくらい西山くんを苦しめたのか痛いほどわかった。そういうつもりじゃないと、色々言えることはたくさんあった。
話がしたかっただけ。そういえばよかったのに、雪帆の口から出たのは。
「ごめんなさい」
の一言だった。
「謝んないでよ」
ぐっと言葉に詰まる雪帆。
「惨めな自分もこの気持ちも全部、雪帆のせいだってことにしてしまえば、少しは楽になるんだよ。ずるくてかっこ悪いとはわかっているけど、俺はそうしないとだめなんだよ。それくらい、好きだったんだ」
好きだったと、過去形で言った西山くん。それなのに、まだ西山くんは雪帆との思い出にどっぷり浸かったまま動こうとしていない。楽しかったことだけを抱きしめて、ただ一人そこで留まっている。自分で自分を支えるようにうずくまる西山くんが、雪帆はすごく小さく思えた。
今でも?
そんな疑問を西山くんにかけてみたらどうなるんだろう。
ひどいね。ずるいね。悲しく笑ってそう言うんだろうか。それでも、その先に雪帆が望む答えがあるのなら。そう希望を持ってしまうことは悪いことなんだろうか。過去形で言ったとしても、気持ちが残っていなければそんな考えも、言葉さえも、出てくることはないんじゃないだろうか。
都合がいい考えだってわかってはいた。けれど、どうしたって、その考えを捨てることはできない。
「……今、でも?」
意識してなかった。いつの間にか口に出していた。
「……言わないといけない?」
傷をえぐった、と言ったあとに気づいた。
ふっと呆れたように息を吐く西山くん。
「そんなこと、聞かないでよ」
泣きそうな声で静かに答えた。見ていられないくらい痛々しいのに、それ以上に愛おしく思えて仕方がない。なにも言わず、今すぐに抱きしめたくなる。
「こんな俺でも、これ以上かっこ悪いとこは見られたくないからさ、もう行ってくれないかな」
あの時と同じだ、と雪帆は思い出した。
別れよう、と旧校舎に続く廊下で言われた時と同じような状況だった。
雪帆のせいであの時以上に西山くんを苦しめた。痛いところをつついて、思い出をほじくり返した。
それはまぎれもない事実だ。
今、目の前にいる西山くんのことを想うなら、雪帆はすぐにこの場から立ち去るべきだった。これ以上なにも言わず、聞きたかったことも聞かず、ただ背を向けていなくなる。それが一番最適だとわかっていた。
ただ、それは西山くんを一番に考えた話だ。
なんのためにここまで来たのか。
雪帆はもう逃げることはやめたんだ。今を逃したら、きっと西山くんと話すことはできなくなる。目を合わせることも、姿を見ることさえできなくなる。そんなんじゃここに来た意味はない。目の前に言いる西山くんを傷つけるとわかっていても、雪帆はここを動いてはいけない。
「そう、わかった」
西山くんが階段から腰を上げる。
「俺がいなくなるよ」
ごめんね、無理させて。
すれ違う時に静かにそう言った。
違う、こんなことを望んでいたんじゃない。
目が合っただけで雪帆が勝手に舞い上がって追いかけて、その結果西山くんをぼろぼろになるまで傷つけた。
それで終わってしまう。
ここに来た本当の意味も、雪帆が抱える想いもなに一つ伝わっていない。
こんな西山くんの淋しそうな背中を見に来たんじゃない。
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