3 瞳と花火③

 今さら名前を呼んだって、遅いことはわかっていたはずなんだ。


 もうなにもかも手遅れなんだと、目の前の現実が雪帆を苦しめる。


 まるで首を絞められているように、息ができなくなる。


 こんなところにいては見つかってしまう。どこか行かなければ。そうどんなに思っても、雪帆の足は一歩も動かなかった。


 西山くんが前に進んでいてもおかしくない。好きな人ができて付き合っていたとしても、雪帆はなにも言えない。言える立場ではない。


 雪帆が羨ましがるほど幸せになると、西山くん自身がそう言ったんだ。雪帆もそれを心から望んだ。なのに、あの一瞬だけ、目が合っただけで舞い上がって追いかけて。惨めにもほどがある。


 誰かここから連れ去ってくれと、心の底から雪帆は願った。


「雪ちゃん」


 声をかけられ顔を上げると夏目さんが心配そうな顔をしていた。幸運なのか、もうそこには西山くんの姿はない。


「どうしたの? 大丈夫?」


 具合がよくないのかと心配する夏目さん。その優しさに胸が痛くなる。


「ごめん、なんでもないの」


 ごまかして去ろうとする雪帆。


「雪ちゃんはなにしにここまで来たの?」


「……え」


「二人のあいだをフラフラして結局どっちともうまくいかなくて、けじめをつけたなんて言ってもこうやって追いかけて。どうしたいの? なにがしたくて今ここに居るの? 逃げてばっかりでなにも進んでないよ」


 あ、と気付いた。


 夏目さんの言うとおりだ。雪帆はいつだって逃げてきた。


 傷ついたといって安全な場所に戻っては慰めてもらって、そこから一歩も動かず惹かれた人が来ないかずっと待っている。


 そんな甘ったれた恋愛があるか。


「終われなかった。全然、ダメだったの。さよならしたんだってわかっているのに、もうこれ以上望んじゃダメだって思えば思うほど西山くんが消えないの」


「まだ好きなの?」


「……好き。ごめんね、二人の関係がそういうのだって─」


「勘違いさせたのは私だけど、雪ちゃんが思っている関係じゃないよ」


「……え? どういうこと?」


「神社にいる人にでも聞いて」


「でも」


「西山くんを選ぶんでしょ?」


「……いいの、かな」


「一回ぐらい死ぬ気で当たってこなきゃ」


 夏目さんが雪帆の背中を押す。その勢いに任せて駆けだした。


「雪ちゃん!」


 振り返る。


「私、雪ちゃんが好き!」


 晴れ晴れとして、とてもきれいな笑顔だった。


「私も、夏目さんが好き!」


 そう返して雪帆は神社に向かった。


 なんのために未練がましく追いかけてきたんだ。ここまできたならもう、とことん言いたいこと言って知りたいことを聞いて、全部さらけ出してしまおう。


 これで最後。

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