5 瞳と花火⑤

「傷つけるつもりはなかったの! ただ、目が合って私が舞い上がっただけで」


 西山くんの足が止まる。


「舞い上がったって、なにそれ。それだけでここまで来たの?」


「違う」


「なにが? 変わらない俺を笑いに来たんじゃないの?」


 雪帆は首を振って必死に否定する。


「好きだから、追いかけたの」


「……」


「ごめんなさい、私は今でも湊くんがすきです」


 雪帆の頬から流れ落ちる涙が、地面に吸い込まれていく。


「もう二度と振り向いてもらえないってわかっていても抑えきれなくて。今さらなにを言っても遅いしずるいけど、それでも好きなの。どうしようもなく湊くんが好き。湊くんの全部を私に向けて欲しい。どこにも行ってほしくない」


 もう一度と、差し伸べてくれた手を取らなかったのは雪帆だ。今さらすぎるのも十分わかっている。けど、西山くんを想う気持ちは、どんなに頑張っても止めることができなかった。


 この気持ちを抱え、叶わないとわかっていても届いてほしいと願ってしまう雪帆がいて、この先どんな恋をしたとしても消えることなく、雪帆の中に存在して生きていくことになるだろうと、雪帆は思っていた。


 たとえ、西山くんに嫌われてしまっても。


「ごめん、ひどいこと言ってごめん」


 その言葉と同時に西山くんの手が雪帆の手を包む。


「遅くなんかない。俺はずっと、雪帆を待ってた」


 泣きそうな声で続けた。


「雪帆を置いていく時、後ろから来てくれないかなって思ってたら、大好きだったって聞こえて、ああもうこれで全部終わったんだなって。雪帆はもう、俺のこと過去にしたんだってそう思うとなにもできなかったのが悔しくて。やっぱりあの時、無理やりにでも連れ去ってしまえばよかったんじゃないかってずっと後悔してた。でも、そんな勇気もないから、叶わない片想いでいいって、そう片づけてた」


 西山くんの指が優しい仕草で雪帆の頬を落ちる涙をぬぐう。


「好きだよ、雪帆。俺はずっと雪帆が好きだ」


 滲んだ視界が再びぼやける。


 言葉が胸に沁みてじわじわと温かくなる。


 西山くんの優しいその声で雪帆はもう一度名前を呼んでほしかった。


 西山くんが放った声や視線を雪帆はいつの日も探し求めていた。どんな物でもいいと、他の誰かに向けられて、日常に散らばったものをかき集めても、雪帆の心は満たされなくて、なんどもなんども夢に見て、現実じゃないことに気付き同じくらい泣いた。


 西山くんとさよならをすることを選択したのは雪帆自身で、西山くんが前に進むことを望んだ。西山くんが雪帆の隣にいる未来ではなく、自分以外の顔も知らない人との幸せを願った。なのに、雪帆の心の奥底にはいつも西山くんがいて、与えてくれた優しさを探し求めていたんだ。


 西山くんが抱きしめてくれる腕の強さも、頭をなでる優しさも全部、雪帆は覚えている。学校ですれ違うたびに嬉しそうに話しかけてきて、その目に焼き付けようと真剣な目で見つめてきたことも。


 いつだって雪帆は西山くんの吸い込まれるような瞳の先にいた。


 雪帆は西山くんの体に腕を巻き付けた。ぎゅっと力を入れて強く抱きつく。もう二度と離れないように。


 またここから始めよう。


 間違いも愛しさも、なにもかも全部抱えたままでいい。


 全てがいつかきれいな思い出になる。


 西山くんが雪帆を見つめ、愛おしそうに頬をなでる。


 ずっと探し求めていたその視線。まっすぐに向けられた雪帆は胸が熱くなった。ふんわりとした西山くんの髪が、雪帆の鼻先をくすぐり、その懐かしさに目を伏せた。


 優しく包んでくれる西山くんの腕に雪帆は全て預ける。


 唇を重ねた瞬間、夜空に大きな花が咲いた。

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