6 緑と距離
久しぶりに制服を着た雪帆は病院ではなく学校に向かっていた。
あんな状態の綾斗をひとりになんてさせたくない。その気持ちだけで病院に通っていた。けれど、昨日の今日で行く気になんてならない。学校に行けと言った、綾斗の言葉通りに行動も嫌だったけど、顔を合わすよりはましだ。
校門をくぐり、下駄箱に着く。綾斗と隆太が入院していることは学校中に知れ渡っているみたいで、同じように名前が広がった雪帆にも視線が刺さる。
望んでもいないのに憐れむ目が雪帆に向く。
これが嫌だったから学校に行きたくなかったんだ。今日に限って夏目さんもいない。一人の学校はすごくつまらない。机に広げた教科書もノートも全部白く見えた。
一時間目の授業が終わると、雪帆は荷物をまとめて教室を出た。授業を受けてもなにも頭に入ってこないなら時間の無駄。ただ雪帆がそこにいるだけで見世物じゃないのに視線を向けられる。静かな場所で一人になりたかった。
行き着いた先は旧校舎へ続く廊下だった。
結局ここに戻ってしまう自分が嫌になる。
ここで西山くんと色んなことがあった。
どうして今、西山くんを思い出しているんだろう。
適当な場所に腰を下ろしてうずくまる。
西山くんを頭から追い出したいのに、どんどん溢れてきて止まらない。無意識に綾斗から逃げようとしている。こんなんじゃだめなのに。
「大丈夫?」
懐かしい声に引き戻される。
でもそんなはずない。
どうせ聞き間違えだと、ありえないことだと、頭が勝手に浮かべる可能性を全部消して、ありえないと決めつける。だって、西山くんがここにいるはずがない。
そんなはず、ない。
恐る恐る顔を上げれば、雪帆がずっと探し求めていた西山くんが、申し訳なさそうな顔をして雪帆を見ていた。
目の前に西山くんがいる、それだけで涙が浮かぶ。
「髪、切ったんだ」
「……あ、そう。少しだけど、軽くなって楽なの」
とっさに嘘をつく。
西山くん本人の前で、あなたを忘れたくて切ったの、なんて言えるはずもない。
「可愛い」
「……え」
「前も可愛かったけど、今も可愛いよ」
そんな嬉しい言葉を、まさか西山くんに言ってもらえるとは思ってもなかった。すごく嬉しいのに、その言葉は綾斗に言ってほしかった。綾斗がそういったことをなにも言ってくれなかったからじゃない。雪帆の隣にいるのが綾斗だから、その綾斗に雪帆の気持ちを引き寄せてほしかった。
「こうやって話すのは久しぶりだね」
「俺はずっと話したかったよ」
「……ごめん」
「謝んないで、俺のせいだし。あの時もっと話し合っておけばよかったんだろうけど、今さらそれ言っても遅いしね」
「……。今日はどうしたの?」
「謝りたくって」
ゆっくり腰を下ろした西山くん。雪帆と少し距離をあけているのは気遣いからかもしれない。
「ごめん。俺、雪帆のことちょっと避けてた」
やっぱり、そうだと思ってた。
「雪帆があのひとと笑っているのが嫌で、なら見なきゃいいんじゃないかって。それで好きだった気持ちもいつかは消えてくれると思ってたのに、全然そんなことなかったんだ」
淡々と話す西山くん。
その姿を雪帆は見ているだけ。西山くんの言った言葉が正直、頭に入ってこない。
「なに言ってるかわかんない?」
遠慮がちに微笑んだ笑顔も、なにもかも霞んで見える。
「……ごめん、今は」
「いや、いいよ。遠まわしに言った俺も悪いし」
理解したくなかった。
今の雪帆は綾斗のことで頭がいっぱいで、他になにも考える余裕がない。それも一つの理由だった。でもそれ以外に、西山くんから向けられる視線の熱が、言おうとしている言葉を雪帆に知らせていた。それを今、言われたくなかった。
聞いてしまったらきっと、気持ちが西山くんに戻ってしまう。
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