9 赤と白
雪帆は髪を切った。
もともとそんなに長くはなかったが、少しでも西山くんが好きだと言ってくれた自分をなくしたかったんだ。
さらさらと肩の上で流れる髪先が少しくすぐったい。
「俺は前の方が好きだったけどな」
顔を合わせた瞬間に綾斗は言った。
気を使うとか優しい言葉をかけるとか綾斗にはそういうのはない。思ったことを正直に言ってくる。思いついたように夏目さんと混ざると付け加えられた。後ろ姿は確かに似ているのかもしれない。ならもう少し切ればよかった、そう後悔した。
「雪ちゃんはなんでも可愛いよ」
「可愛くないって言ってるわけじゃねーって」
「同じようなもんじゃん」
ねー、と雪帆の髪をいじる夏目さん。
「誕生日に髪飾りを送ろうと思ってたけど、この長さでもぎりぎりいけるかな」
「は? 誕生日? いつだよ」
「……来週」
「言えよバカ」
バカって。
ホント口が悪い。
「俺、てっきり冬生まれだと思ってたんだけど」
「それは夏目さんだね」
嬉しそうににっこり笑う夏目さん。
「現金でいいよ」
「やんねーよバカ」
適当にあしらって急に口を閉じる綾斗。
少し考えたあと、雪帆を見てにっと笑った。
「帰るぞ」
「……まだ昼休みじゃん」
「俺、このあと自習しかねーから」
「いや、私は普通に授業あるし」
「前祝い。授業とどっちが大事?」
わかっているくせに。
答えてないのに、雪帆の鞄を綾斗が持って行く。
廊下で振り返る綾斗が来るだろ? という顔で待っている。
ああ、ずるいなあ。
飛び出した足は止まらなくて、休み時間が終わったことを告げる鐘を背中で聞いた。
蝉の声がする。
太陽の日差しはまだ強くて、身体を動かす度に汗がにじみ出る。
熱気が綾斗と雪帆を包んでまとわりつくのに、雪帆の手を引いて前を走る綾斗は楽しそうに笑っていた。
雪帆はまるで海が光を反射するようにまわりがきらきら輝いて見えた。
ばさばさと目の前にお菓子やデザートが広げられる。
「……え?」
「とりあえず」
とりあえずとは。
「お前の好きそうなやつ、片っ端から買ってきた」
量が半端ではない。しばらくの食事が決まりそうなくらい。
「あとこれ」
「わ」
突然つきつけられる香り。
目を開ければきれいな花束。色とりどりの可愛い花がひしめき合っている。
花に目を奪われているあいだに、ことん、と机に小さな箱が置かれる。
開けられたその中身は、白くてきれいな花がついたブレスレット。
「付き合えた記念に、買ってたやつ」
顔を真っ赤にする綾斗。
らしくない。
綾斗がこんなことするなんて想像もつかない。雪帆のことを思って、似合わないとわかっているアクセサリーショップに行き、このブレスレットを選んでプレゼント包装を頼んだんだ。
嬉しくて涙が出そうになる。
「ど? 満足?」
「あといっこ、いい?」
「いーよ」
机に置かれた小さな箱を綾斗の方に向ける。
「付けて、下さい」
無言が二人のあいだを抜ける。
わがまますぎたかな。
沈黙が辛い雪帆はちら、と綾斗を見る。
「腕」
「……!」
ごつごつ骨ばった綾斗の手が繊細なブレスレットを不器用に扱う。止め具が上手くはまらず苦戦する綾斗を雪帆は愛おしそうに見ていた。
かち、とはまる。
「ん」
どうだよと言いたげに微笑む。
雪帆は綾斗に抱きついた。
もう止められなかった。
こうやって人は恋に落ちるんだ。
好きだと言ったら泣いてしまいそうで、ただ抱きしめることしかできなかったけれど、綾斗はそんな雪帆の気持ちがわかっているみたいにそっと抱きしめ返した。
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