8 青と光③

 閉め切ったカーテンと窓を開け、風を部屋に入れた。


 気分を変えるためにお風呂に入ると、適当にシャワーで済ませていた体が湯船でのびるのを感じる。


 立ち上る湯気と包み込むお湯に、西山くんとの思い出がとけていくみたいだった。


 髪を乾かしながら授業日程を確認する。合同授業も集会もない。大丈夫だと自分に言いきかせて制服を着て家を出た。


 いつもの通学路。なにも変わらないのに、学校に近づくと心臓が高鳴る。緊張しつつ、混み合う下駄箱を抜けて教室に向かうと、笑顔の夏目さんと美波が迎えてくれた。一度も西山くんを見かけることなくたどり着けたことに、悲しいながらも、少し安心していた。


 雪帆は一歩を踏み出した。けれど、今はまだ、西山くんの姿を見ることはできない。


 一日の授業を終えると、綾斗が教室まで来て帰ろうと言った。


 西山くんが雪帆を迎えに来ることはない。そんなことわかっていたのに、どこかでがっかりする自分がいた。そもそも西山くんが学校に来ているのかすら知らない。


 今どこでなにをしているかなんて、雪帆が知るにはまだ早い。


 綾斗は西山くんとなにもかも違う。


 一緒に行動する時は雪帆の前じゃなくて隣を歩くし、歩幅を合わせるためにぎこちない動きもしないし、真っ直ぐ見つめても照れて目をそらしたりしない。


 扱いに慣れているとは思ったけれど、唯一手は繋ごうとしなかった。


 西山くんより少し大きい身長も、なんだか慣れない。


「ねえ綾斗、なんで私なの?」


「……、なに変なこと聞いてんだよ」


「気になったから」


 じっと見つめる雪帆に負けたのか、しぶしぶ口を開いた綾斗。


「一目ぼれ」


「どこで?」


「なんだよ、好きなもんは好きなんだからいいだろ」


 普段見せない照れた顔で乱暴に放たれた言葉。聞こえは悪くても雪帆は心底嬉しかった。同時に西山くんに言われたことと同じだと、どこかで考えていた。


「ねえ」


「まだなんかあんのかよ」


「……好き、だよ」


 頭の中に自然と浮かんだ西山くんを消すために言ってみた。それでも、雪帆の中に綾斗に対する気持ちはちゃんとあった。


 今この瞬間に温かいものが広がったのは綾斗のおかげで、気持ちを向けてくれる綾斗に恩返しでもないけれど、ちゃんと見ているということを伝えたかった。


 嬉しい顔をすると思ったんだ。


 なのに、綾斗はちっとも嬉しそうじゃない。


 なんでそんな顔するの。


「無理すんなよ」


 そんなこと言わないでよ。


 もっとって言ってよ。


 笑って俺もっていってほしいのに。


 どんなに思ったって、雪帆はまだそんなこと言える資格なんかない。


 綾斗に惹かれているのは事実だとしても、肝心な心だけまだ進めていなかったことに、雪帆はこの瞬間、痛いほど自覚した。

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