6 青と光

 それから雪帆は家で泣く日々が続いた。


 学校も行かず、携帯の電源も落としたまま。


「今日も行かないの?」


「……」


「そう、ご飯ちゃんと食べてね」


 そう言って扉を閉めて仕事に行った。


 雪帆がなにも答えなくても、学校に行かないことを母親はわかっているようだった。理由も聞かず、ただ毎日「行かないの?」と聞くだけ。


 心配してくれているのはありがたい。でも今は誰とも関わりたくない。わがままだとわかっていても、いない存在として扱ってほしい。そうすればそのうち消えてなくなれるような気がした。


 でもそんなことはなくて、目を開ければ日差しを遮るカーテンがあって暗い部屋に布団をかぶって閉じこもっている雪帆がいる。


 雪帆が存在すれば、同時に西山くんと別れたという現実も存在する。ぐるぐるとなにも解決しないことを繰り返し、一人で悩んで涙を流しては疲れて眠りにつく。そんな無駄な時間を雪帆は過ごしていた。


 静まり返った家にチャイムの音が響いた。


 宅配便かなにかだろう、と雪帆が無視をしても鳴り続ける。


 ほっといてほしいのに。


 面倒に思いながらも、しかたなく体を起こす雪帆。


 人に会う気はない。会話だってしたくない。


 なのに、部屋を出て玄関を開けたのは、もしかしたらと思う雪帆がいたからだ。


 その期待に反して玄関の前にいたのは綾斗だった。


 雪帆が求めていた人物が来るわけないと頭ではわかっていたのに、がっかりする自分に傷ついた。


 なぜ綾斗が雪帆の家を知っていてここにいるのかわからないけれど、今の雪帆には聞く気も起きない。


 綾斗は雪帆の泣き腫らした顔に驚いてもそれについてはなにも言わず、自分の部屋に戻る雪帆のあとに続く。


「お前なんか痩せた?」


「……」


「おい、ちゃんと飯食ってんのか」


 綾斗が心配の声を雪帆の背中に投げかける。答える気がない雪帆は黙って布団にくるまる。


「なんか答えろよ、携帯の電源も切ってるし、どんだけ心配したかわかってんのか」


 イラついた口調に雪帆が反論する。


「誰とも話したくないの」


 なんで来たの。


 そう言うと綾斗は口をつぐんだ。


 心配なんかしてくれなくていい。


 雪帆が求めているのは西山くんか言葉だけだ。「別れるなんて嘘だよ」それだけでよかった。今この状況を変えてくれる言葉が欲しかった。


 でも、そんなものをくれるわけないこと、雪帆はよくわかっていた。


 帰ってくれないかな、思った瞬間。


「別れたって聞いた」


 綾斗を見る雪帆。震える口で真っ先に浮かんだことを綾斗に向ける。


「誰から」


 湊からと小さく言った。


 綾斗が聞いたんだろうか、それとも西山くんが言ったんだろうか。どっちにしろ、なんで今、そんなことを言ってくるんだろう。わざわざ家まで来て傷をえぐるようなことを。


「ああ、ごめん、今言うことじゃなかったよな」


 言いにくそうにあいだをあける。


「俺、お前に話があって」


「帰って」


「……話がしたい」


「話したくない」


「じゃ聞くだけでいい」


「やだ」


「雪帆」


 これ以上なにも聞きたくなかった。


 だから耳をふさいだ。


 今は自分のことしか考えられないことがわかっているから。


 なにを言われても、雪帆は理解しようとしない。なにか考えようとすると、どうしても一番最初に、西山くんと終わったということが頭を埋め尽くす。


 ずっとそこから動いてないから当然のことだ。なにをするにもスタートはそこからだ。別れたという現実を受け入れることから始まる。


 ただ、それができないのが、雪帆自身のせいではあることは十分わかっていた。進まなきゃいけないのも、いつまでもこんなことしていられないことも理解している。


 でも、雪帆はそこまで強くなかった。こんなに好きになったのも、こんなに悲しいのも初めてだったんだ。どうすればいいのかもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る