4 夕焼けと透明②
「雪帆さ、あの人と喋りたいなら喋っていいよ」
いつもと変わらない帰り道に突然言われた。
ああ、失敗したんだと、西山くんのその声でわかった。
西山くんを見てそそくさと綾斗から離れる雪帆の姿は、隠れて浮気をしているようにも見える。
西山くんのためにやっていたことなのに、まるで逆効果。
前を歩く西山くんは雪帆を全く見ない。
このまま帰るのはすごく嫌だ。
「西山くん!」
「……なに?」
元気がなさそうに答えた。
「アイス、食べて帰ろう?」
「……ん、いいよ」
ちょうどいい所に移動販売があってよかったと雪帆は心底思った。
けれど、西山くんを引き止めてみたものの、なにを言えばいいのかわからない。
全部を説明するには時間が足りないし、そもそもそれじゃあなたのためにやっています。と言っているようなもんだ。雪帆が勝手にしたことなのにそう捉えられては困る。
すっと目の前にアイスが差し出され、ありがとうと言って受け取った。
「ごめんね」
「……なんで謝るの?」
「怒ってるのかなって思って」
夏の日差しに照らされたアイスがとけていく。
液体となったアイスはコーンを下り、雪帆の手をつたう。
体温でぬるくなった液体を雪帆が気付く前に西山くんが手を伸ばす。雪帆の腕を掴み、自分の方に引き寄せると、ゆるくなったアイスがコーンの上で滑って零れ落ちる。重力にしたがってゆっくり地面に向かっていく。
自然の摂理だ。支えていたものがなくなれば物が落ちる。誰もが知っていることだった。その摂理が起きているかのように、西山くんは雪帆の手をつたうぬるい液体に口をつけた。
ぱしゃ。とアイスが地面に落ちる音がする。
周りが全部BGMになったようだった。
「妬いてんだよ、わかって」
真剣な顔を真っ赤に染めながらそう言い、アイスを自分のと取り替えた。
「とけるよ」
そう言われて慌ててアイスに口をつけるが、西山くんの口が触れた手にばかり意識がいく。味も冷たさもなにも感じない。
雪帆は初めての感情を向けられた。
西山くんが雪帆と綾斗が喋っている姿を見てやきもちを妬いた。
それがたまらなく嬉しくて、同時に西山くんが可愛く思えてしょうがなかった。西山くんには悪いと思っていても、雪帆はもっとそういう感情を向けてほしい。
そう舞い上がっている雪帆に、西山くんが今どんなに不安になっているのかわかるはずもなかった。
「俺と付き合ってるのなら、俺だけを見ててって思っちゃう。わがままだとしてもさ、俺以外は見てほしくない」
消えるように言葉を切って雪帆を見つめる。すっと細めた目で大切なものを見るように。
周りから切り離されたかのように感じるほど西山くんが作るその雰囲気に酔っていると、ふっと笑ってキスをした。
さっきまで雪帆を包んでいた雰囲気も最後に言おうとした言葉もなにもなかったかのように。
「ちっちぇーな、俺。ごめん、ホント」
いつもとは違う、少し低い声で、ごめん。と言った。
西山くんがその時どうして謝ったのか雪帆にはわからなかった。
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