3章

1 黒と赤

「国語の辞書持ってる? 紙のやつ」


 目の前にいる人は他の誰でもない雪帆に声をかけていた。それはわかっていた。でも、なぜこの人が自分に話しかけてきているのか雪帆にはわからない。


 黒髪で黒い眼鏡。長い前髪が顔を隠している。


 どこかで知り合った?


 声に聞き覚えはあるけど、思い出せない。


「……お前、俺のこと覚えてねーの?」


 カツアゲかなにかだろうか。辞書はあるけど、お金は持ってない。


「やっぱ美波探せばよかった」


 美波。


 この声で美波といったら。


「綾斗!」


「なんだよ、覚えてんじゃねーか。辞書貸して、辞書」


「なんで私に」


「他のやつ持ってねーんだもん。夏目とか漢和辞典持ってきやがって嫌がらせくらった」


「あはは、待ってて」


 漢和辞書は授業であまり使う機会ないはずなのに、なぜ持っているんだろう。ずっと一緒にいてもわからないことがまだまだある。


「はい」


「放課後返しに来るから」


 ぱっと笑って階段を上っていく綾斗。


 雪帆は初めて綾斗が三年生だということを知った。


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