7 太陽と青③

「雪帆」


「なに?」


「なにじゃないよー。わかってるよね?」


「いえ、なんのことだか」


「ワンピース脱いで」


 だろうと思った。


 水着を買うときもこれで揉めた。


 ビキニは勘弁。


 それをどうにかしてくれれば雪帆はなんでもよかった。学校指定でもよかった。むしろビキニを着るくらいなら学校指定の方がましだと思えた。


 体に自信があるわけじゃないから、できることなら隠して生きていきたい。自信がある人だけビキニという物を着ればいい。雪はそう思っていた。


 二人に散々そう訴えた。


 なのに。


「納得してくれたんじゃなかったの!」


「妥協しただけ」


「その時だけ」


 なんだこの結託は。


「勘弁してください!」


 無理だったけれど。


 二人に敵うはずなく、ワンピースを脱がされた雪帆は、焼けてない白い肌をさらけ出していた。


 じりじりと日差しがさっきよりも強くなった気がする。


「おかえりー、みんな可愛いね」


 うんうん。とそれぞれ褒める隆太。温かいその優しさでさえ、今の雪帆には素直に受け止められなかった。


 さっさと海に向かった綾斗につづいて、みんなも泳ぎに行く。それについて行けばよかったと、取り残された雪帆は後悔する。


「雪帆」


 西山くんの声だと思った瞬間、上からパーカーをかぶせられた。


「それ着てなよ」


 え、それだけ?


 パーカーとその言葉だけ?


 そう言って海に行く西山くん。


 可愛いとかなんとか言ってくれれば、この気持ちも晴れたかもしれないのに。


 遊ぶ気分もなくなってパラソルが作る日陰に座り込む。


 せっかくの海なのに、なにしに来たんだろう。そんなことを雪帆は考えてしまった。


「なにしてんだ」


 顔を上げると、髪からしずくを垂らした綾斗。顔に張り付いて邪魔そうな前髪をかきあげると整った顔がよく見えた。


「海見てるだけ」


「パーカー、それ湊のだろ」


「え、なんで」


「あいつ真っ赤な顔してたから。ま、男も大変なんだよ。わかってやって」


 そう言われても説明がないとわかるもなにもない。


「ゴムボート出すから、お前も来れば?」


 不器用な優しさが雪帆に伝わる。


 綾斗の誘いに乗り、雪帆は砂浜に足を踏み出した。


苦労してゴムボートを海まで引きずっていると、俺も行くと隆太が手を貸し、そのあとから美波もやってきた。二人では広すぎたボートも四人乗ると少し窮屈になる。


 綾斗は慣れた手つきでオールを手にして隆太に押しつける。漕ぐと思いきや、人に押し付けるなんて、見た目からしかなんとも言えないけどなんとなく綾斗らしいと思ってしまう。


 にこやかな顔で受け取った隆太が漕ぐボートはどんどん沖へと進み、青が深く澄んだ場所で止まった。


「こんなもん?」


「んー、まあこんなもんだろ」


 そう言った瞬間、綾斗が海に消えた。


 反動でぐらぐら揺れるボートの上で戸惑う雪帆に、優しい笑顔で海を指さす隆太と美波。いつものことなんだろうか。不思議に思いながらも海を覗き込む。


その瞬間、雪帆は綾斗に釘付けになる。


 深い青の中を、まるで魚のように悠々と泳ぐ綾斗の姿は輝いて見えた。生まれ育った場所に帰ったような、そんな気がした。


 広い海の世界を自由自在に動きまわり、包み込む全てを堪能する。


 ゴムボートに乗って海面から綾斗の姿を覗き見る雪帆にも、綾斗が楽しんでいるのを感じる。きらきらと光を反射して輝く海面を見つめ、その海の世界に飛び込んでみたくなる。


 吸い込まれるかのように、雪帆は海に姿を消した。


ざぶん、と音とともに泡が立ち海が雪帆を迎え入れる。


 包んでいた泡の膜が引いていく。


 もう蝉も鳴く夏だというのに、海の水はまだほんの少し冷たい。日差しで火照った熱と体温を奪い、雪帆の体を一気に冷やす。


 体が冷たくなっていくのを感じながら、ゆっくり目を開ける雪帆。


 海の中の世界は、太陽の光がぽつぽつと入り、空に続くはしごのような柱をいくつも作っていた。


 ボートから見る世界とは違って幻想的で、いくらでも見ていられる。


 光の柱を渡り歩くように泳ぐ綾斗。


 間近で見るとよりきれいに見える。


 雪帆の口から漏れる泡が海面へと昇っていく。


 その一つ一つも海が産み出したもののように思える。


 どれくらいの時間がたったのかはわからない。綾斗を真似してみようと手を動かそうとしたころには、雪帆の体は動かなくなっていた。


 瞼が重い。


 きらきらと光る海面がだんだん遠くなっていく。


 青くてきれいな海が海底から黒く染まって、ずぶずぶと雪帆を飲み込んでいくみたいだった。

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