3 ノートと黒

 学年が一つ上がっただけ。ただそれだけなのに、勉強の量は増えて内容も難しくなる。頑張っているはずなのに苦手ばかり増えてく雪帆は、小テストですら憂鬱だった。


「全然わかんない」


「うっわなにその点数。そろそろ中間あるよ? どうすんの」


 知っている。だからこそ恥を忍んでテスト結果を見せているんだ。


「助けて下さい」


「自分のことで精一杯、無理」


「夏目さんー」


「ごめん雪ちゃん、教えることだけは苦手なんだ……」


「俺と勉強する?」


 いつだって西山くんは神出鬼没だ。


「なに、数学? 俺、得意だからなんでも聞いて」


 神様かと錯覚するくらいだ。


 その流れから一緒に勉強しようとなるには秒もかからない。雪帆はすがるように西山くんの家に転がり込んだ。


「この式をそのままそっくり代入すれば答え出るよ」


「待って、わかんない」


 この式をという前に、『この式』というものにたどり着くにはどうすればいいのか。


そもそもそこから躓いているから進まないのだ。


「問題文に書いてあるから、その通りに引っ張ってくるだけだよ」


「そう簡単に言わないで」


 真剣な雪帆に西山くんは笑っていた。


「いいよ、ゆっくりで」


「あ、今バカだって思ったでしょ」


「思ってないよー。可愛いなってだけ」


「おんなじじゃない?」


「はは、それでも好きだよ」


「嬉しいような嬉しくないような……」


 複雑。


「俺に好きって言われるの嫌?」


「そう言ってるわけじゃないってば」


「好きだよ」


 西山くんのペースに乱される。


 進んでないよ、と問題集に戻された。


 進ませてくれないのは西山くんなんだけど。


「国語より簡単じゃない? 答え一つしかないんだしさ」


「そうかなあ」


「もう少しだから、これ終わったら休憩しよ」


「ええー、どうせ間違ってるもん」


「あってたらご褒美あげるよ」


「なに? あと全部やってくれるとか?」


「キス」


雪帆の手が止まる。


聞き間違えたかと思った。


西山くんがそんなことを言うイメージすらわかないのに、いきなりどうしたんだろう。


 いつもなら「え? なに?」と聞き返せるはずなのに、動けなくなっているのは、そう言った西山くんの声があまりにも真剣で、熱を帯びていたからだ。


「……間違ってたら」


「する」


「そ、れじゃ、ご褒美とかなんないじゃん……」


へへ、と茶化すように笑う雪帆。


真剣な西山くんのまなざしに笑みが消える。


ぱっと目をそらし、問題集を見る。


余計わかんない。どうしてくれるんだ。

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