9 傘と世界②
「今日は家まで送るよ」
「え、悪いから途中まででいいよ」
「俺に遠慮することないよ」
「でも……」
「家までついてこられるのが嫌なら、途中まででいいけど。そうするならこの傘は上本さんがさして帰って」
「それじゃ西山くんが濡れちゃう」
「俺はいいんだって。それとも今からさして帰る? それでもいいよ」
そう言った言葉の裏に、隠れた気持ちはない気がした。
自分のことなんか二の次で、どうすれば雪帆が安心して帰れるかを懸命に考えている。その優しさは十分すぎるほど嬉しいが、それに甘えては申し訳ない気持ちがある。自分だけ安心して帰るなんてことはできない。でもなんて言ったらいいのかわからない。うまく言葉にできず、雪帆は首を横に振った。
「それはどういう意味?」
「……一緒に帰る?」
一瞬びっくりしたように固まった西山くんの顔が、じわじわと赤く染まっていく。
「その言い方、なんかちょっとずるい」
「ごめん」
「あー違う違う、ごめん。そういう意味じゃないから大丈夫、謝んないで」
慌てる西山くんはふっと息をついて言葉を続けた。
「送っていっていいですか?」
「……お願いします」
狭い傘の下。濡れないようにと身を縮めると、自然に肩が触れる。この距離を家につくまで保っていかないといけないと思うとなかなか恥ずかしいもので、雪帆自身がその選択をしたんだと自覚すればするほど自然に顔が下に向いていく。
「冷たくない?」
「あ、うん大丈夫」
ぱっと顔を上げると、にっこり微笑んだ西山くん。
空から落ちる雨しずくがきらきらと輝いて、二人を閉じ込めたみたいだった。
「あ」
西山くんがそう声を出した直後、真横から水を浴びた。
過ぎ去っていく車がまた、別の水たまりをふんずけて水をまき上げていった。
「あーごめん、濡れたよね。もうちょっと早く気づいてればよかった」
ぽたぽたと髪からしずくを垂らしながら心配する西山くんにくらべれば、雪帆なんてほんの少し濡れただけだ。
「大丈夫」
そう答えて空を見上げる。濡れてしまったらこれ以上雨に降られようと気になりやしない。小さな水たまりをわざと踏むようにして歩く。小さいころ長靴を履いてこんなような遊びをしたのを思い出す。
「雨に降られながら帰るのも面白いよ」
西山くんに向かって笑うと、同じように笑い返してくる。
雪帆たちは小さい子供に戻ったかのように、雨に降られながら水たまりで遊んだ。
「─あ」
微かに声が発せられたような気がした。
次の瞬間、視界が白いもので遮られる。手で触ってわかる感触でタオルを上からかぶせられたんだと理解する。
「? なに─」
「や、そのままで。ごめんね、ちょっと急ぐよ」
腕を掴んで歩き出す。
空いた手を見て雪帆は、どうせなら、と浮かんだ言葉を瞬時に頭から追い出した。
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