6 王子と姫③

 やってしまった、気を抜いていたせいだ。


「雪ちゃん? どうかしたの?」


「ジャージがない」


「なに、また?」


「あ、違う違う! 家に忘れただけ」


「……それならいいけど」


「そのままじゃ雪ちゃん寒くない? 私の着る?」


「いいよ、忘れたのは私だし、夏目さんが風邪ひいちゃうよ」


 片方の腕をジャージから抜こうとしている夏目さんを止める。


「動けばあったかくなるし、平気だよ」


 みんなジャージを着ているけど、多分大丈夫だろう。笑ってごまかして移動する。

 廊下からグラウンドを見ると、いつもはしゃいでいる人がいるはずなのに、今日はみんな身を縮こませている。


 ああ、今日に限って寒そう。なんで昨日の夜に支度を終わらせなかったんだろう。

 

 いや違う、終わらせたのに弟が遊ぶために引っ張りだしたんだ。


 思わずため息が出る。


「体育? いいな、俺も外で体動かしたい」


 振り返ると科学の教科書を持った西山くんがいた。


「体育得意なの?」


「得意ってわけじゃないけど走り回ることは好きだね」


 笑ったあとに、ふっとなにかに気づいたような顔をした。


「ジャージは? まだ寒くない?」


「家に忘れちゃったみたいで」


「俺あるよ。着なよ、今持ってくるから」


「え、でも……」


 雪帆の返事をさえぎるかのように、筆記用具を持たせて教室に引き返した。


 せっかくだけど、さすがに彼女でもないのにジャージを借りるわけにはいかないような。どうやって断ろう、そう考えているうちに西山くんがジャージを抱えて戻ってきた。


「はい、ちゃんと着てね」


 押しつけた筆記用具を回収するとその場を去る。


 断る言葉を出す前にいなくなるとは思わなかった。


 きっと、こうでもしないと着ないことを西山くんはわかっていたんだ。


「私もそうすればよかった」


 拗ねたように呟く夏目さんを、風邪ひいちゃうから駄目だよと雪帆はなだめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る