4 王子と姫
「あれ」
「どうした?」
昨日ちゃんと準備したはずなのに筆箱が見当たらない。教科書やノートを入れ間違えて忘れることはあっても、ずっと使う筆箱を忘れるなんてことカバンを変えない限りない。
もしかしたら弟がまた遊んで家のどこかに置きっぱなしにしたのかも。
最近はそんなことしなくなったのに。
「ごめん美波、ペン貸して?」
仕方がないから美波に頼んで必要最低限の筆記用具を借りる。特別編行もなければ今日1日の授業はなんとかなりそう。それにしてもどこにやったんだろう。ちゃんと持ち物は確認したのに。
授業が終わって教室に戻ってくると、机の上に筆箱があった。
さっきはなかった。
それは絶対、自信を持って言える。
カバンの中も机の中も、全部出して探したのに見つからなかったのに、なんで今、ここにあるんだろう。
「雪帆のじゃん」
すごく汚れている。
気のせいじゃない。きれいな水色だった筆箱が黒くなっている。長年使っているから多少色あせてはいたけど、こんな短時間でなるはずがない。
「これじゃもう使えないかなあ」
気に入っていたのに。
「帰りに雑貨屋、見て帰ろ」
美波の優しい言葉にうなずく雪帆。
その日から少しずつ雪帆の私物がなくなることが多くなった。
教科書、ノートからエスカレートしていき、上靴やカバンなどがなくなり、授業が終わったり、時間が経つとなにもなかったかのように戻っている。きちんと戻すなんて親切だなと思ってたら、ついに戻ることもなくなった。貴重品はさすがに取られることはなかったけれど、一応なくなることがないように美波にあずかってもらった。けれど、さすがにいつまでもこんな学校生活を送れるわけがない。
放課後、教室に迎えに来た西山くんにやんわり断りの言葉をかける。
「ごめん、今日はちょっと一緒に帰れない」
「どうして?」
聞き返されると思ってないかった雪帆は、言葉に詰まる。
なんだか西山くんがいつもと違う感じがした。
「探し物してて」
曖昧な理由を答える雪帆。無意識に西山くんから顔をそらしてしまう。
「最近なんか疲れてる?」
鋭い言葉にどきりとした。
「そんな顔してる?」
「んー、なんとなく」
そうかあ。
ぼんやり漫画みたいなんて雪帆は思っていたけれど、現実で自分自身に起きていることなんだと実感する。
「ちょっとね」
「時々、俺の机に女の子の私物が置いてあったりするんだけど、知らない?」
「えっ」
驚いて西山くんの顔を見ると、真剣な表情で雪帆を見ていた。
「まあ、嘘なんだけど」
そういうことか、と小さくつぶやいた。
「なんで言ってくれないの?」
「……なにを?」
「物、なくなってるんでしょ。困ってるんだったらそう言ってよ。俺だって力になりたいし」
正直、今の雪帆にとってうれしい言葉だった。
力になると言って手を差し伸べてくれる人が目の前にいる。それだけで救われた気になる。でも、その言葉に頼ることができないのもわかっていた。
「理由わかってんの?」
教室の入口に立っている美波。西山くんを軽く睨みながらすたすたと歩いてくる。
「あったよ」
床に置かれる雪帆の上靴。よかった、今日は汚れていない。
「頼ってほしいって簡単にいうけど、多分アンタが入って来たら余計こじれるから」
「なんで」
「アンタが原因だからだよ」
傷ついたような顔をする西山くん。
自分のせいでと思っているんだろうか。そんなこと背負わなくていいのに。
「違うよ、私のせいだよ」
「なに言ってんの、雪帆はなにも悪くないじゃん」
「けど、こうやって黙ってるのもよくないでしょ」
すっと西山くんを見る雪帆。
「大丈夫だよ、私そんな弱くないから」
もう少しで終わる。自分でけりをつけると雪帆は二人に宣言した。
翌日、下駄箱に一通の手紙。明らかに女の子から出されたもので、夏目さん宛でもない。中身を確認すると、これから旧校舎に来いと書かれている。
「今からって」
雪帆が遅く来ていたらどうするつもりだったんだ。計画性なさすぎじゃないんだろうか、なんて少し腹を立てながら旧校舎に向かった。
そこには3人の女の子のグループが雪帆を待っていた。気の強そうな二人と弱そうな一人。多分、二人に隠れている子が西山くんのことが好きなんだろう。
「アンタ、西山くんのなに?」
「なにと聞かれても」
なんて答えればいいかわからない。雪帆と西山くんの今の関係をそのままそっくり表す言葉はなんだろう。
そもそも告白されました、なんて信じるはずがないし、言えない。
「この子、中学のころからずっと西山くんのこと好きだったの、だから諦めてほしい」
ああやっぱり。
そんなことだろうと思った。
私物をこんなにもうまく隠すんだから、どれくらい深いわけがあるのかと少し期待していたのに、理由はただの醜い嫉妬だった。
雪帆に刺さる視線が痛いわけだ。恋愛に嫉妬はつきものだけど、こんな子供っぽいものを向けられると、対抗心やらなんやらより呆れが勝る。
「一緒に帰るのもやめてくんない?」
「西山くん、迷惑してると思うの」
そもそも雪帆が西山くんに近づいているとこの人たちは思っていた。
いや、それもそうか。
実際告白されたのは雪帆の方だが、普通に考えてみれば、人気者の西山くんに雪帆から近づいていると考える人が多いはずだ。
「あの」
「は? 言い訳すんの?」
ええー。
威圧で消すのはずるい。
睨まれてまでも言葉を続けられるほどの度胸は雪帆にはない。
「あ! 雪ちゃんここにいたんだ!」
明るい声がした。
雪帆には聞き覚えがない声だった。もちろん、雪帆のことを雪ちゃんと呼ぶ人も知らない。
振り返った先には夏目さんがいた。いつも雪帆が下駄箱に手紙を押し込んでいる夏目さんだ。
いやでも、なんでここにいるの。
「話もう終わった?」
「まだだから、邪魔しないで」
「雪ちゃんの話聞かないくせに?」
「それは」
と言ったきり、相手は口をつぐんだ。続く言葉が見つからないらしい。
そんなんどうでもいい。雪帆はもう帰りたかった。
自分でけりをつけると美波を西山くんに宣言したのはいいが、雪帆は解決策なんてなにも考えていなかった。話し合えば解決すると甘く考えていたんだ。けれど、話を聞く気がないならどうすることもできない。
そもそもする気も起きない。
「さっきから見てたんだけどね」
夏目さんがおとなしそうな子に一歩近づく。びくっと身体を震わせて友人の後ろにさらに隠れる。いきなり可愛い顔でじっと見られたらそうなる気持ちはわかる。
「西山くんのこと、好きなんだよね」
「……そ、そうだけど」
「じゃ、なんで正々堂々好きって告白しに行かないの?」
「それができないから─」
「できないからこんなことするの? 人の陰に隠れて被害者みたいな顔してさ、小学生でもこんな意地汚いことやんないよ」
「夏目さんには関係ないでしょ」
「関係あるかないかは私が決めることだよ。そういうふうに勝手に決めつけてちゃ西山くんは振り向いてくれないよ」
「わかんないじゃん! いつか西山くんが振り向いてくれるかもしれないじゃん!」
「振り向いてくれたとしても、そんなんで喜べるの?」
きれいな顔でにっこり笑った。
夏目さんみたいに整った顔っていうのはすごく便利で、普段はすごく可愛く見えるのに、こうきつい言葉を並べながら笑われるとそれだけで威力が増す。
それに負けたのか三人はそそくさと校舎に消えていった。多分、もう雪帆の私物がなくなることはないだろう。
「ねえねえ雪ちゃんって呼んでいい?」
振り返ったとたんに向けられる笑顔。
爽やかな笑顔だった。むしろ眩しいくらい。
「え、あはい」
「ふふ、雪ちゃん可愛いー」
いや、夏目さんの方が可愛い。
「夏目さん、なんでここに?」
「白馬の王子様みたいでしょ?」
とにっこり笑って言うが、王子というより迎えに来られる姫の方が似合うと思う。
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