2 桜と白②

 雪帆は今まで付き合ったことがない。


 そもそも告白されたことも、したこともない。


 だからといって恋愛に興味がないわけじゃなかった。街中で楽しそうに歩いているカップルがいればいいなと思うし、友人がする彼氏の話も親身に聞いた。


 きっかけがあれば雪帆も誰かを好きになって、付き合うんじゃないかって思っていたんだ。


 思い出せば中学のころ、少しのあいだ男の子を目で追っていた時がある。


 その子は運動が好きで、昼休みになるといつも友達を連れてサッカーをしていた。その子の楽しそうな笑顔が見たいがために、お昼を食べ終わると休み時間が終わるまで窓に張り付いていた。


 今思い返せばあれはもしかしたら恋だったのかも、なんて思うけれど、その子に好きな子がいるらしいという噂を聞いた時から気持ちが薄れていってしまったため、「それは恋だよ」と誰かに言われない限り恋をしていたという自覚はしない。


 それはそれでいいか。思い出はきれいに、みたいな。


 雪帆の中の恋愛といったらそれくらいのものしかないせいで恋がよくわからない。だからといって、さあ恋愛をしようとも思えなくて。心の準備とか色々たくさん必要なものがもろもろ……。


「考えさせてほしいなんか言ったの!?」


 ざわつく教室に響く声。その主は雪帆の友人、時田美波だ。


 雪帆と美波は中学からの付き合いで、中学のときの恋かもしれない行動も知っている。お互いに悩みを相談し合っていて、今朝にあったこともひとりじゃ抱えきれないから美波に相談してみるとこれだ。


「雪帆、聞いてる?」


「んん……はい」


「他人事みたいな返事」


「自分に起きたこととは思えなくって」


「でも実際に起きてんじゃん。せっかくだから付き合っちゃえばよかったのに」


「そんな軽くは付き合えないよ。今日初めて会ったようなもんだし」


「付き合ってから始まることもあると思うけど」


 恋愛ってそんなものなのかな。


 あんなに真剣な視線を男の子から向けられたことなんて、雪帆は初めてだったんだ。とりあえず付き合ってみる、なんて軽く考えられるはずがない。


「見に行こうか」


「……え?」


「相手を知らないことには、これからどうするかとか考えられないでしょ」


 それもそうだ。こういうところは美波に任せるのが一番だと雪帆は思っている。


「どの組の誰かぐらいは聞いたよね?」


「ああ、二組の西山湊くん」


「はっ?」


 しかめ面の美波が振り返る。そんな顔をさせるような変なことは言ってないはず。


「行くよ」


 雪帆の腕を掴み、返事も聞かないで教室を出る美波。人があふれた廊下をすり抜けて、着いた先は隣のクラス。西山くんがいるクラスだ。


「雪帆、見て」


 あ、はい。おっしゃる通りに。


 美波が指さす先、ロッカーにもたれながら談笑するグループの中に西山くんがいた。朝に二人で話した時より顔の赤みが引いている。緊張した顔しか見なかったからか、普通に笑っている姿を見るのはなんだか新鮮な気持ちになった。


「問題あり?」


「いや、違う。……あのね雪帆、あの西山は結構人気者なの、知らないだろうけど」


「全然知らない」


 顔を見た時は女の子から好かれそうな顔だなとは思ったけれど。


「クラスの中心でみんなを引っ張っていくようなことはしないから、雪帆が知らなくて普通だけど、クラスの女子を見ればなんとなくわかるでしょ?」


 確かに。


 西山くんに視線を向けている女の子はたくさんいる。


「西山以外にも目立って人気があるアイドルみたいな人はいるけど、それとは違って密かに想われて支持されるような人なんだよ」


 へえ……。


 姿勢を戻しながら、自分には関係ない人だなと雪帆の頭に自然と浮かんでいた。


 いやいや、関係あったし。今日の朝一で関わり持ったし。


 これからどうしようか、そう考え始めた時。


「上本さん?」


 聞き覚えのある声がしたと思った。優しくて耳に残る声。


 振り返るとそこには、少し赤い顔をした


「西山くん」


 噂をすればなんとやら。


 テレビ番組でよくある本人登場は今望んでいなかったのに。


「俺になにか用だった?」


「友達の美波と話をしていて、それで……」


 あ、と雪帆は瞬時に思った。


 用事なんかない。ただ西山くんを見に来ただけだ。


 美波に相談して、告白された人を確認しに来ただけ。それはきっと本人には見つかっちゃいけないことで、告白の返事を保留にしている雪帆がしたら、西山くんにとって無駄に期待をさせてしまう行動だということに、今この瞬間に気づいた。


 なにかいい言葉を、この場をやり過ごせる言い訳を、と懸命に考えるがなにも出てこない。


「あ、ごめん、違うんだ。俺が勝手に期待してこうやって出てきちゃっただけで、なにもないならそう言ってくれていいから」


 そう言った言葉から寂しさは微塵も感じなかった。きっと、本心からそう思っているからだろう。


「でも、少しは俺に興味持ってくれたってことだよね?」


「あ、えっと……」


 可愛くてふんわりと優しい笑顔を浮かべたまま、見つめてくる西山くんを雪帆は心の底からずるいと思った。


「今のは少し意地悪だったかな。ごめんね、でも嬉しい」


 俺さ、と言葉を続ける。


「返事はもちろん待つつもりだけど、それでもやっぱりいい返事がいいわけで。焦らせるつもりはないんだけど、俺は俺で好きになってもらえるよう頑張って、落とすつもりでいくから。覚悟してて」


 それはいわゆる宣戦布告だった。

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