第18話「赤と蒼」
──馬車に揺られる、王立学園への道行き。
結局、丸二日間も欠席してしまった。
とは言え学園は基本的に、学位認定試験にさえ合格できれば進級できるので、成績優秀な
何より、唯一の弱点だった魔力量不足が完全に解消された今となっては、学内三傑入りも揺るがないだろう。
一位とは言い切れないのが、もどかしいところなのだけれど。
「エリシャ様、お体ほんとうに大丈夫なのですか?」
向かいの席に座ったミオリが、きょう何度目かの問いを口にする。
「うん、もう平気。たくさん寝たし、それに……」
私は、右の手首の黒い
昨日これを身に着けてから、痛みがだいぶ治まったような気がするのだ。
「
──
ただ、浮かべていた表情はとても寂しげで。
「彼女がいなくなって、僕は絶望した。生きる意味を失いかけたよ。ほんとうはあの時……」
彼は、なにか言葉をひとつ呑み込んでから、その続きを口にした。
「……僕が今こうしていられるのは、エリシャ、きみがいてくれたからだ」
当時、私は私で哀しみに暮れていた。
それを支えてくれたのは父ではなくミオリだった。
そのことをほんの少し恨んだこともあったけれど、父は父で苦しんでいたのだと本人の口から聞けて、わだかまっていた小さな雲も晴れた気がする。
「ジブリールが声をかけてきたのは、そんな折だ。たしか学会に役員の辞退を申し入れに行った帰りだったな。僕の研究に以前から興味があったと、あの調子でつらつらと……同年代ということもあって、つい心を許してしまった」
光景が浮かぶようだ。──って、ちょっと待っていま何かおかしなことを聞いたような?
「いまにして思えば、あれは偶然じゃなかったんだろうな」
いやいや、そうじゃなく!
「──同年代、ですか?」
「ああ。ちょっと若作りだから、よく誤解されるそうだが」
ちょっとどころじゃあない。
どう見積もってもアラサーと思っていたのに、アラフィフ手前だったとは。
たしかに言われてみれば
「彼は王国の辺境伯だと名乗っていてね。はじめは、辺境警備兵のための装備を開発したい、という触れ込みだった」
私の混乱を置いてきぼりに、父は話を進める。
「僕と彼女の夢が無駄にならず、民を守ることに使われるのならと、快く研究成果を共有した。けれど彼が試作品として設計したのは、民を守るより敵を殺すことに特化したものだった」
それが、あの
「僕はそのことを指摘して、それ以上の研究成果の開示を拒絶した」
──そこで彼は、豹変したのだという。
あとは私も知る通り、脅迫まがいの取引きを強要してきて、今に至るというわけだ。
「ところで、僕の位置からはっきりは聞き取れなかったけど、アズライル……
そこまで話したところで思い出したように、父はあの蒼髪の従者についても言及する。
「はい。それに『閣下』と敬称を……」
「やはり、そうか。とても信じ難いことだが……いや、ここまで来たら常識にすがるのも愚かだな」
続けて語られたのは、ジブリールの年齢以上に衝撃的なことだった。
「王立学園では習わないだろうけど、『アズライル』はアスラフェル大帝国を建国した初代皇帝の名だよ。つまり、そう名乗ることを
「……まさか……」
奈津美の話では、ゲーム内での彼は人気はあれど攻略対象ですらない、モブキャラに毛が生えた程度の存在だったはずだ。
「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
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