第16話「夢に落ちざる」

 朝の気配に目覚めた私は、見慣れた1DKのアパートのシングルベッド……ではなくて、豪奢ゴージャスなお部屋の天蓋つきベッドに、一人で寝ていた。


 ──夢では、なかったらしい。


 私はどこか安堵ほっとしていた。

 衿沙わたしはとっくにエリシャ わたし と運命を共にする覚悟ができている。

 だから途中下車したいとは思わないし、最後まで見届けたいという気持ちの方が強い。

 そのことを、改めて自覚できた。


 一年間に渡って放送される日曜朝の特撮も、中弛みしようが推しが退場しようが最後まで付き合うのが、私の特撮オタクとしての矜持だもの。


 ああでもそう言えば、そろそろ中盤で油の乗ってきたあれや、まだはじまったばかりの新鮮なそれや、あとあの劇場版もあるし……。

 うん、エリシャを見届けた後、現世むこうに戻って特撮そっちもぜんぶ見届けられたら、言うことなしなのだけど、それはさすがにご都合主義だろうか。


「エリシャ様っ!? お目覚めになられたのですね!」

「あ、ミオリ。ええと、おはよう」


 そんなことを考えながら目覚めたので、ベッド傍らの椅子に思いつめた表情で腰掛けていたミオリに少しばつの悪さを覚えつつ、朝の挨拶をする。

 覆いかぶさらんばかりの勢いで私の顔を覗き込んできた彼女は、至近距離で目が合った瞬間「ししし失礼いたしました」と高速でベッドから遠ざかっていく。


「ごめんなさい、心配かけたみたい」

「はい、あ、そんなことはないのでどうか謝らないでください、いえもちろんご心配はいたしておりましたが、でもそれは私が自分勝手にしていたことで……」

「そうだ、ミオリの紅茶が飲みたいな」

「──っ! はいっ! お待ちください、いますぐに!」


 そそくさ部屋を出ていく彼女はすごく嬉しそうで、私まで嬉しい気持ちになっていた。


 もちろん、忘れてはいない。

 魔玄籠手マガントレット研究資料 データ も奪われて、破滅に向かう運命はなにも変えられていない。

 なんなら加速させた可能性さえある。悠長に構えていられる状況ではないのだ。

 けれど、きっと息抜きも必要だと私は思うの。


「エリシャ、入ってもいいかな」


 ──と、ミオリと入れ替わるように、入口のドアから父・クラウスの声が聞こえた。


 ダンケルハイト家現当主、クラウス・ダンケルハイト侯爵。

 白髪混じりロマンスグレイに金縁の丸メガネが上品で、顔立ちに知性と人の好さがにじみ出るなかなかの好紳士イケオジだ。

 わりと好みかもしれない……と、そういう思考をしようとするとたちまち私の中のエリシャ わたし がものすごい勢いでブレーキをかけてくる。

 まあ、そりゃそうだよね。


「もちろんですお父様。どうぞお入りくださ──ッ、痛たた」


 答えながら上体を起こした私は、全身を襲うすさまじい痛みに顔をしかめながら、いまだ両手に握ったままだった紫水晶オマモリと謎の魔具マグをベッドの上に取り落としていた。


「だっ大丈夫かい!?」


 血相を変えて飛び込んできた父は、ベッドの上に転がる紫水晶アメジストを目にするや、その場で崩れ落ちるように床に跪いてしまうのだった。


「ああ、本当に僕はなんて愚かなことをしてしまったんだ。エリーゼに──きみの母さんに何て謝ればいいのか!」


 そこから洪水のように溢れ出したお父様の謝罪の言葉は、何を言っても止まる気配がなく。


「それはそうとお父様、これが何かおわかりですか!?」


 このままでは溺れてしまうと、藁にもすがる気持ちで私は紫水晶アメジストの横から例の謎魔具を拾い上げ、憔悴し切った顔の前に突きつける。


「こ、これは……」


 見開かれた彼の目の奥には、光が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る