第35話 越える手段

「ベル、ちょっと待って!兵士達が着いてこれてない!」


シュフェルの言葉にはっと我に返った私は、馬を止めた。


私は緊張していたのか、周りのことが見えていなかったようだ。


「…少し休むか。」


時間がどのくらい経ったかも分からないが、目の前には海が広がっていた。少し先には船乗り場が見える。


「ここら辺は帝国の外からの貿易船が出入りしてるだけだから、人が少ないね。」


私は兵士達が追い付くのを待っている間、船が止まっている浜辺をじっと見ていた。


大きな樽を抱えて次々と人が降りてくる。


「陛下!すみません!」


直ぐに兵士達は追いつき、私達は貿易船の所に向かった。


「ベル、この先どうするつもり?」


「見ればわかるだろ?」


私は船に近寄り指示を出していた男に話しかけた。


「この船は、帰りはどこへ?」


「え、あ、ナレノカリアです。」


ナレノカリア?

原作では聞いたことがない名前だった。


「あぁ、酒が有名な国だね。」


「そうです。あの、あなた達は?」


「あぁ、済まない。私達は…」


「旅をしている者です。こちらはアリス、僕はアリスの弟のリックです。」


横からシュフェルが偽名で挨拶をする。

つまり、皇帝だと言うなということ。


「はぁ。」


男は困った顔で私たちを見ている。


「すまないが頼みがある。サザンの近くまで、私たちも乗せていって貰えないだろうか?」


「サザン!?」


サザンの名を聞いた男は今度は驚き目を見開いた。


「いやいやいや!無理ですよ!!あんな野蛮な国に行くなんて!」


「いや、近くでおろしてもらえればそれでいいのだが。」


「あなた達、サザンがどれだけ危険かわかってます!?帝国と戦争するなんて息巻いてる奴らですよ!?帝国と関係のある私たちの船を見られたら、即沈められます!」


それもそうだ。しかし、帝国の船を用意するにも時間がかかってしまうため、この貿易船に乗せてもらうしか手が無かった。


「そこを、頼む。」


「でも…」


「ではこうしよう。ここにある酒全て元値の5倍で買い取る。どうだ?」


「5倍!?しかも全部!?どれだけかかると思っているんですか!?」


「不満か?ならば10倍…」


「じゅ、10倍!!??」


男は目を見開き、口を大きく開け固まった。

顎外れそうだな…

あともう一押し…


「足りないか?ならば…」


「やめてくださいぃ…この酒はそんなに貴重なものじゃありません。」


「そうか?私はこの酒が好きでよく飲むんだ。だから、この酒にはとても価値がある。この値段でも足りないくらいだと私は思うが。」


私は男の顔を見てそう言うと、男は首をひねり意味がわからない様子だったが、しばらくして、「分かりました」と、渋々交渉を受けてくれた。


私は近くの兵士に目で合図し、請求書を書かせた。


多分この男は後々知ることになるだろう。


私がよく飲む酒=皇帝がお気に入りの酒=価値がある酒


という事が。


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転生したら一妻多夫制だったので悪役辞めて楽しんでもいいですか? 橋倉 輝 @kkinko0219

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