第2話
祖父の四十九日が終わり、ミアは家を片づけて都会に出ることにした。というのも、それまで勤めていた仕立屋が、ミアが20才になっても独り身なのを心配し、都会に出た自分の娘が結婚退職することになり、後任を探していると聞いて、そこにミアを紹介してくれたからだ。……ちなみに仕立屋の娘は昔、ミアに触手の出てくる本を差し入れしてくれた、あの時の友人だった。
「ん?ミア?お屋敷の中では靴は脱がなくてもよいのですよ」
「あっ、そうなんですね!教えてくれてありがとうございます!そっかぁ……都会のお家では皆、家の中でも靴を履いているものなんですね。都会って、すごいなぁ。私の住んでた所では家の中は裸足で歩いていましたよ!」
そんなわけでミアは都会で働くようになったのだが、最初の数ヶ月、ミアは驚きの連続の生活を送っていた。沢山の人がいる都会は煌びやかで活気に溢れていたし、見る物全てが知らない物ばかりで、ミアは丸い茶色い目をさらに丸くさせて、驚いてばかりだった。
「ほら、ミア、こっちに来て。ほら、ここを覗いたまま、ゆっくりと回してごらん……」
ミアの勤める屋敷の若君は、事ある事にミアを呼びつけては、ミアの知らない物を見せてくれて、それが何なのかを教えてくれた。
「はい、若君!では、失礼して拝見させていただきます。……た、大変です、若君!こ、この中、星がいっぱい入ってますよ!?どうやって夜空の星を捕まえて、この中に入れたのでしょうか?」
ミアは若君に手渡された小さな円筒を持ったまま、驚きの声を上げた。すると若君は楽しそうに目元を細めて笑った。
「アハハ、ミアは可愛いなぁ。これはね、万華鏡と言ってね……」
そう言って若君はミアを傍近くにおいて説明を始めようとして、来客である王子に窘められた。
「おいおい、ミアの独り占めはダメだよ。次は僕の番だよ。ねえ、ミア、これは何かわかるかい?」
そう言って、王子は小さなレースの縁取りのついた、蓋付きのバスケット……カゴから出したものを清潔なハンカチーフに乗せ、ミアの前に差し出して見せた。ミアは、その美しさに驚きつつ、自分の予想したものを話し始めた。
「赤い薔薇を模したガラス細工でしょうか、王子様?何て透明感のある、美しい薔薇でしょう!都会には、優秀なガラス職人がいるので……え?ダメですよ、王子様!ガラスを口に含むなんて!怪我をします!吐き出して下さい!ああ、どうしましょう!?王子様がガラスを食べて!た、大変です!お医者様をお呼びしないと!!」
王子はミアの話の途中で、いきなり薔薇の花びらを一枚、口に咥え、あろうことか、そのまま花びらを食べてしまったので、ミアは顔色を悪くさせて、部屋に置かれた呼び鈴を急いで鳴らそうとし、若君にそれを止められてしまった。
「もう、人が悪すぎますよ、王子ったら。ミア、心配しなくても大丈夫だよ。その薔薇はね、ガラスじゃなくって、飴で出来ているんだよ」
「ふぇ?あ、飴ですか?それじゃ、王子様は大丈夫なのですね?ハァ~、ホントに良かったです!」
「ごめんごめん!そんなに青くなるまで心配するなんて、思わなかったよ。でも、嬉しいな。ミアは僕のことを、そんなにも心配してくれたんだね。ねぇ、僕のところに来ないかい?ここの給金の2倍、いや5倍だ「いけませんね、王子様。ミアは公爵家の大事な可愛いメイドです。勝手に口説かないで下さい」」
「あっ!旦那様、お帰りなさいませ!今すぐにお茶の用意をしてきますね!」
「うん、頼むよ、ミア。今日は隣国の王子の歓待で疲れたから、ミアの手作りの羊羹と熱い緑茶を入れておくれ」
「はい!今すぐにお持ちします!」
ミアは、直ぐに部屋を出たので、その後の彼等の会話を聞くことはなかった。
「げっ!公爵!お前、いつのまに帰ってきて……」
「油断も隙もありませんね、王子様。ミアは公爵家の者です。ミアがすごく可愛くて、傍近くに置きたいという気持ちはわかりますが、私はミアを手放す気はありませんよ。ここで貴族の社交マナーを身に付けさせて、一旦どこかの貴族の養女にしてから、息子の妻になってもらおうと決めているのですから」
「ホントですか、お父様!やったー!ありがとうございます!ウフフフフ、あの可愛いミアが僕のお嫁さん!最高だなぁ!僕、親孝行しっかりしますからね!」
「うんうん、私もミアにお義父様って呼ばれるのを今から楽しみにしているんだよ」
微笑みあう公爵親子を王子はジト目で睨み付けた。
「グッ!お前等、ずるいぞ!権力を笠に着て、ミアの気持ちを蔑ろにするなんて、男の風上にも置けないぞ!……よし!私の妃候補に入れて貰えるように今から王に掛け合ってくる!」
王子は部屋を飛び出して行った。
「「王子の方がずるいでしょうが!こら、待ちなさい!」」
公爵親子は駆け出していった王子を追いかけていったので、ミアがお茶の用意をして、部屋をノックした時には部屋の中は誰もいなかったので、ミアは目を丸くした。
(あら?誰もいない?もしかして、また私を驚かせようとしてるの?)
新しい職場は大きな公爵家で、ミアはそこでメイドとして働いていたのだが、驚くミアの表情を面白がって、職場の人だけではなく、公爵様も公爵の子息も、子息の友人達も、事ある事にミアの知らない新しい物を見せたり、ミアの聞いたことがない不思議な話を聞かせようとしてくるので、ミアは、自分の何がそんなに面白いのだろうと不思議に思っていた。
(きっと都会の人は皆、身分を問わずに田舎者が珍しくて仕方が無いのね)
と、ミアはそう思っていたが、実はそうではなかった。彼等が身分に関係なくミアに関わろうとするのは、田舎育ちとは思えない位、ミアの容姿が美しかったことに加え、性格が温厚で善良だったことや、何よりもミアの素直な心が、そのまま顔に浮かぶ様が、とても表情豊かで可愛らしかったからだった。
ミアは職場の人にも、公爵子息の友人達にも、ほのかに……時には露骨に好意を伝えられていたが、自らの恋愛経験が皆無だったことが災いし、それらに気付くことなく、毎日のメイドとしての仕事を頑張っていたので、ますます彼等に好感を持たれることとなったのだが、それを快く思わない者が公爵家に二人いた。
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「もう、何で皆、ミアの話ばかりするのよ!お父様もお義兄様も王子様達まで、ミアに夢中なんておかしいわよ!あんなのただのカマトトぶった田舎者じゃないの!ねぇ、お母様、何とかしてよ!」
ミアが勤める公爵家の公爵夫人は、娘を連れて再婚した際に、娘には公爵位は継がせないという条件を飲んでいたために、娘の嫁ぎ先を探すことに普段から躍起になっていた。同居さえしてしまえば、一応義理の息子に当たる公爵子息との縁を持つことも出来るかと安易に考えていたものの、娘の我が儘な性格を公爵子息は好まず、娘と二人っきりになることをことごとく避け続けた。
公爵子息の友人には騎士団長の息子や宰相の息子、王子までいたが、彼等もまた、この娘を嫌っていたために母娘による、娘の玉の輿の計画は暗礁に乗り上げていた。
「そうね、ミアさえいなくなれば、皆お前の魅力に気付くはず」
公爵夫人と娘はミアが来る以前から、娘が誰にも相手にされていなかったという過去を棚に上げ、全てはミアが悪いのだと決めつけた。公爵夫人は今すぐにミアを辞めさせろと執事に命じたが、何の不祥事も起こしていない使用人を勝手に辞めさせることは雇用契約違反となるので出来ないと言われ、らちがあかないと自分の夫である公爵にも直談判すると執事と同じ事を言われ、さらには……。
「不祥事を起こしてない善良で可愛い使用人を辞めさせることよりも、私が気になっているのは、君と君の娘が使い込んでいるお金の方だ。それについて、説明を求めてもいいかい?」
……と公爵は良い機会だからと夫人を追求し、夫人と娘が公爵に内緒で屋敷の調度品を売りさばき、自分達のドレス代や化粧代やアクセサリー代やギャンブル代にしていることを糾弾した。
「私達は悪くない、公爵家に嫁いだのに、私達に対する小遣いが少なすぎるのが悪いのだ」
……と、夫人と娘は反論したが実際には、そんな少額の小遣いではなかったことから公爵は意に返さなかった。公爵は王子の誕生日という祝いの前に、公爵家の不祥事で社交界を騒がせたくないからと、それが終わるまでは、この事実は周囲の者にも秘密とし、身分もそのままにしておいてやると告げてから、こう言った。
「もうすぐ王子様の誕生パーティーがあるから、離縁はそれが済んでからにする。お前達は、それまでに荷物をまとめておきなさい」
夫人と娘は唇を噛みしめて、ギュッと拳を握りしめたままで、返事を返すことはしなかったが、公爵は二人の返事を待たずに部屋を後にした。
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