第1953話 決裂

 敵との距離は20メートルほどあったが、その距離は瞬く間にゼロになる。


 話しながら近付いてきたのは分かっていたので、姿を見えた時に驚きはなかった。距離が縮まったことで、俺が接近するまでの時間が短くなっただけだ。


 革装備だが、パーティー内の役割は……タンクか? メインなら盾を持っていると思うから、サブタンク兼ダメージディーラーかな。装備が大剣ってのもあるから、奇襲じゃなくて正面から敵を引き付ける役になったかもしれない。


 個人的には避けたい方法ではあるが、大剣のように幅が広い武器は、防御に使おうと思えば使えるのだ。重量級の攻撃でもなければ、大剣としての機能が失われることは無い。対人であれば、防御に使っても問題ないと思う。


 俺の使っている刀は切り裂くことに特化している武器で、大剣や普通の剣は叩き切る、押し切ることが中心の武器である。同じような武器と思われがちな剣と刀だが、その本質は驚くほどに違う。


 剣の扱い方で刀を振っても、刀の扱いで剣を振っても、武器本来の力は100パーセント発揮することは出来ない。振るうにも剣と刀では、根本的に動作が違うからだ。それでも、武器の性能が良ければ切ることは出来るが、それは本来の力ではないのだ。


 俺が普通の剣をあまり使わないのは、刀を使っているからだ。俺が片手剣というと、刀に近い武器かナイフを大きくした武器を指す。ナイフも刀ほどではないが、切ることに特化している物もあるので、ちょうど良かったりする。


 後は……木剣くらいだな。重心が崩れないように、カエデやリンドが調整してくれているから、気にせずに使えているのは嬉しい事だ。


 メインウェポンの薙刀も、叩き切るより切り裂くことに特化した形だ。俺の好みが出ているといってもいいかもな。鈍器や斧も使うけど、あれは基本的にゴリ押しする武器だと思ってるので、あまりこだわりを持っていない。


 ゼロコンマ1秒にも満たない間に、俺はこんな思考をしていた……


 油断していたといっても過言ではないだろう。何せ、俺の視界に入ったということは、鑑定する隙を与えてしまっているのだ。その時点で俺より弱いことが分かってしまったのだ。


 俺たちの世界で言えば、シングルに届かないがAランクでは、最上位と言った感じの強さだった。この程度の相手なら、1ダースほどまとめてかかってきても余裕だと思う。


 とはいえ、武器は今鍛えられる最高の物だけど、綾乃の魔力の関係でアダマンタイトは生み出せていないため、コーティングが出来ていないのだ。使えば使うほど、切れ味が落ちていく。アダマンタイトがあっても、高ランクの魔石が無いので寿命が多少伸びる程度だけどな。


 バザールの操っているサイレントアサシンがいると思うじゃん? でもね、こいつって死んでも何もドロップしないんだよ。元の世界では魔石をドロップするのに、この世界では何故かドロップをしないのだ。


 そう言う仕様だと言われてしまえば、その程度の事なんだけどな。


 頭の中では、戦闘と違うことを考えているが、体は戦闘態勢に入っているので、滞りなく動き相手を圧倒している。


 俺の初撃は刀による攻撃ではなく、大剣を盾に俺の攻撃を防ごうとしたので、思いっきり殴りつけてやったのだ。魔法は使えないが、魔力を体内に流すことは出来るので、肉体活性に力を注ぎ殴りつけてやったのだ。


 大剣の素材が思った以上に良く、腕のいい鍛冶師に鍛えてもらっているためか、曲げるどころか痕をつけることすらできなかった。折り曲げてやるつもりで殴ったのに、ちょっとショックだった。


 でも、大剣の先を地面に落として、体で大剣の側面を押さえていたので、殴った衝撃だダイレクトに伝わり、脚が生まれたての小鹿のようにプルプルしている。立っているのもやっとなのだろうか?


 追撃を仕掛け、刀の峰を使いプルプル震えている脚を叩きつける。ゴキッと音がしたので、右膝のあたりの骨が折れたのだろう。短い悲鳴が聞こえるが、左膝も同じように折っておいた。


 助けてくれ! 死にたくない! と、命乞いをするが、敵対した以上情けをかけることは無い。


 命乞いをしているこいつは、両膝を砕いたのでもう逃げられないだろう。大きな骨を折って、適切な治療をしないと、骨から出る何かで血管に異常をきたすことがあるんだっけ? なんかの漫画で描いてあったけど、医学知識が無いので本当かはわからない。一応、ランクの低いポーションをかけておこう。


 わざわざ隙を晒して、背後から攻撃をさせようと思っていたのに、こちらの攻撃を仕掛けてこないのは何故だ? 気配は俺が移動した分離れているけど、元居た場所よりは俺の方に近付いてきている。


 こうなれば仕方がない、今度は右後方の敵に向かって走り出す。


 驚く気配が伝わってくる。左後方にいた敵は援護をするためか、俺の向かっている敵の方へ動いている。距離的には、俺の方が遠いが動き始めが早かったので、ほぼ同時に到着しそうだな。


 右手の方向に援護に入る敵を視認する。こっちも大して強くないが、大剣使いよりはレベルが高い。シングルに足を踏み入れている感じだな。装備は俺と違って、元の世界で使っていたであろう上等な物だ。俺との格差が酷い……


 両手に1本ずつ、ナイフより長いが剣よりは短い武器を持っている。見た目的には刺突武器だな。レイピアほど長くは無いので、スティレットだろうか? 武器の種類なんて良く分からんが、短い刺突武器と言えばそれしか思いつかなかった。


 形状から見て毒を使うタイプだと思うが、毒は持っているのだろうか? そこら辺の植物でも、適当に混ぜ合わせれば、体調を崩すくらいの効果はあるだろうが……その程度では、俺の耐性を抜くことは出来ない。多少の怪我は、許容範囲だろう。体に刺されないように注意だけする。


 正面に狙っていた敵が武器をかまえていた。


 あぶねえ! 視認できる位置に飛び出したら、矢が飛んできたのだ。焦ったが、この距離で当てられなかったことを考えれば、俺の敵ではないな。というか、弓使いは接近されたらダメでしょ。


 回避したときに避けた矢をつかみ取り、投げ返していた。弓で打つほど速くないが、それでも不意打ちを避けられたうえに、矢を掴まれ投げ返された動揺で、見事に狙った膝付近に刺さる。


 援護に入ろうとしていた敵は、方向を変えて俺の方へ向かってきた。


 早いけど、格上の俺に対して真正面からでは、大した効果はない。刺そうとしてきた動作に合わせて、交差法を使い突き出してきた右腕を切り落とした。大剣使いの装備と違って、軽量の革を使っていたので切り落とせてしまったのだ。


 ここで死なれても困るので止血だけして、綾乃謹製の眠り薬を投薬して、バザールに3人を連れ帰ってもらった。


「ノルマは達成したけど、出来るだけ数を稼いでおきたいところだな」


 また独り言を言っていた。

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