第1268話 理解不能

 検問所の映像で説明作戦は、思ったより順調のようだ。


 この話が持ち上がってから約1週間で試作ビデオが出来上がり、ゴーストタウンにある学校で流してみたのだ。そこで、子どもに理解できるような内容になっていれば、これを理解できない大人は子供以下、相手にするに値しない奴らという事になる! とグリエルが言っていた。


 子どもに見せて理解できるという部分については、俺が助言をしている。


 地球にいた頃に、やたらと難しい言葉や言い回しを使う政治家の姿を見て、父親に聞いた事があるのだ。何も知らない俺は、


『この人たちって何で人の話を聞かないで大きな声出したり、よく分からない事ばっかり言ってるの?』


 その言葉を聞いた父親は困った顔をしていたが、こう答えてくれた。


『この人たちはね、自分たちに都合が悪いから人の話を聞かなかったり、話を逸らすからそれを戻すために大きな声を出しているんだよ。後は、自分たちによくしてくれた人に対してお返しをしたいから、罵声を浴びてもこんな事しているんだ。あえて難しい言葉を使って相手を戸惑わせている面もあるかな?』


 と言っていた。よく言っている事が分からなくて首を傾げていたら、


『例えば、シュウが好きなゲームがあるよな? 1人はシュウの好きな飲み物や食べ物を買って来てくれた人、もう1人は特に何も持ってきていない。シュウの知り合いの2人がゲームをしようと言ってきた時、シュウならどちらとゲームをするかな?』


『ん~2人共知り合いなんだからゲームは一緒にするけど、好きな物を持ってきてくれた人の方を優先しそうかな?』


『そう言う事だよ。この人たちは、自分たちによくしてくれた人にお返しをするために、自分たちに都合の良い事を言っているのさ。大きな声を出している人にもよくしてくれている人たちがいるわけで、その人たちにお返しをするために話を遮ったりしているんだよ』


 その時はよくわからなかったけど、大きくなって、特に今になってよく分かる。内容もそうなのだが、よく分からない人、子どもに説明するのは本当に難しい。父親はその時にこうも言っていた。


『難しい言葉を使わないと説明できないのは、その人がしっかりと理解していない証拠なんだよ。本当に理解している人は、子どもにも分かるように説明する事ができるんだ。これはね、頭が良くてもできる事では無いんだよ』


 と。こういう風に人に説明しなければいけない立場になって、父親の言っていた事が身に染みた。それを助言という形でグリエルたちに説明したのだ。


 グリエルたちは、政治家みたいに身を守るために都合の悪い事を遠ざけたりごまかしたりする事は無い。助言をしっかりと聞き入れ、柔らかい頭で自分なりに理解して行動に移せるのだ。


 多分、この世界に来て妻たちに会えた以外で一番の出会いは、グリエルとガリアにあえた事では無いだろうか? 初めは奴隷と主という関係性であったが、それでも最高の出会いだったと思う。


 正直、この2人が居なければ街は作らなかっただろう。いや、作っても上手くいかなかったと思う。


 畑作って自給自足の生活……いや、広範囲を掌握しているのでDPは湯水のように入ってくる。それを使えば畑を作る必要すらないな。


 もっと言えば、今のディストピアとゴーストタウンを合わせた規模であっても、DPを使ってすべてをまかなう事は出来る。だけど、それは街というシステムにはそぐわない物だ。


 っと、話が逸れた。


 子どもたちにも理解ができる物が出来上がり、検問所でそのビデオを流し始めて1ヶ月。報告によると、ビデオを使い始める前と後で、問題行動を起こす人間が半減したそうだ。かなりの成果を上げていると言える。


 それでも完璧にならないのは、自分は大丈夫、見つからなければいい、貴族の自分には関係ない! といったアホ共がいるからだ。


 もちろんそんな奴らが来れば、犯罪のレベルに応じて対処している。貴族の場合は追加でそんな奴を送り出してきた国に対して警告をしている。


 とりあえず、ビデオを導入した事による成果は上がっているようだ。説明に手間を取られていた人手の半分程が監視にまわり、もう半分が違う作業ができるようになっていた。


 俺が口を出す事は特にない、これからも頑張ってほしいものだ。あっ、ビデオはずっと同じじゃなくて定期的に見直しと作り直しもね!


 検問所の話が持ち上がってから、約2ヶ月で何とかなったな。こんなに早く何とかなるとは、思ってもいなかったよ。途中からグリエルたちに丸投げだったし、そのグリエルたちも他にもたくさんの仕事があり、それにかかりっきりになるわけにはいかない状況だったのだ。


 未だにゴーストタウンの工房に行ってはいけないと言われているため、とにかく暇である。


 畑に行ってみたり、家畜の世話に行ってみたり、海産物加工へ行ってみたりしたが、何処の現場でも足手まといにしかならなかった。おかげで現状を知る事ができたのだけどね。


 そんなする事がなくのんびりと一日を過ごしていたある日の事。


 庁舎に呼ばれて、数少ない俺の仕事をこなして従魔と屋台巡りをして家へ帰った。


 夕食まではまだ時間があるので娘たちに会いに行ったのだ。


 娘たちの部屋では年長組の皆とスカーレット、ツィード君、シルクちゃん、母親3人に囲まれて、3人の娘たちが遊んでいた。ケットシーが寄り添い、スライムが遊び相手になっているようだ。


 パンチパンチと言いながらスライムを殴っていた。お転婆に育ったらどうしようとか考えていたが、よく考えれば赤ちゃんがぬいぐるみ相手に戯れているのと大して変わらない事に気付いた。


 よく体を動かしているという事は、元気という証だろう。健やかに育ってくれていて嬉しい限りだ。


 それにしてもツィード君やシルクちゃんは最近よく遊びに来ているな。他の精霊も来ているのだが、この2人は特に割り振られた仕事が無いので、他の精霊を手伝っているかここで一緒になって遊んでいる事が多い。


 部屋に入ろうとした所、真ん中にいた娘たちの足元が光り出した。


 その様子に俺も含め全員が何が起きているのか理解できなかった。


 その光が次第に広がっていき、周りで見守っていた妻たちの所まで広がる…その時、嫌な予感がした。


「みんな! 娘たちを!」


 そう叫んで俺はみんなに近付くが、地面が光っている場所から先に進めなかった。壁があるような感じなのだ。結界のような何かがそこにあった。みんなが娘たちの周りに集まり、辺りの様子をうかがっている。


 状況を確認するために光っている床を見る。


 眩しいが見えない事は無い。何やら円の中に模様がびっしりと描かれていた。それは魔法陣のようだった。


 意味は分からないが、俺にとって嫌な物だと体が反応している。その危機感に煽られるように俺は焦り出した。


 このまま放置するのは拙いと考え、力ずくで壊す事を決めた。


 出し惜しみ無しの全力だ。瞬間的に魔力で体を強化して、見えない壁を破壊するために付与魔法を使い更に強化していく。


 今までにない位全力で見えない壁を殴った。


 音も何もせずに俺の拳は止まってしまった。正確には音はしていた……俺の体の中で。


 光が強くなり直視できなくなった。


「ピーチ! ライム! 全力で隔離結界を張れぇえ!」


 俺はとっさにそう叫んでいた。

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