第937話 油断大敵

 俺たちの前に現れたのは、体長3メートル程の2匹のオオカミだった。


「ご主人様! このオオカミたち、Lvが280以上もあります。今までの魔物と比べ物になりません! 注意してください!」


「俺も確認した。この島の魔物にしてはLvが高すぎる。フィールドダンジョンの魔物か? ここにはダンジョンの魔物じゃない朱雀もいるみたいだし、可能性はゼロじゃないか? ピーチ、俺が1匹抑えるからその間にもう片方を倒してくれ。キリエとマリー、姉御組の3人をこっちに」


「ご主人様! 私たちがやります!」


 そういってピーチが叫ぶが、早く倒してこっちに来てくれと2度目のお願いすると、シュリに指示をして短期決戦を行うべく、残りの全員で総力戦をするようだ。


 それにしても2匹のオオカミか? 何かの神話にそんな存在があったような? 神のペット? 何かよくわからんけど、それに準じた魔物なのだろうか? オオカミ……あっ! そういえばチビ神からの報酬でフェンリルを召喚できるようにしてもらってたの忘れてたな。落ち着いたら召喚しよう。


「こっちは俺たちで足止めしようか。俺がおさえるから、マリーは隙をついてデバフ効果の攻撃を。カエデとリンドはキリエの護衛、ミリーも隙をついて攻撃してくれ。キリエは自分の判断で回復と強化魔法を」


【チェイン】


 俺から放たれた鎖は、オオカミの首に巻き付き強引に引き寄せる。レベル差があるので、物理法則を無視して引き寄せる事が可能だった。距離を詰めるのは攻撃にさらされる危険があるのだが、移動速度の速い四足歩行系魔獣は、距離がある方が厄介なので繋ぎとめて戦う方が安定するのだ。


 それに、カバーのためにマリーとミリーが攻撃を仕掛けるのだから、固定していた方がいいに決まっている。


 俺は今、短槍と中型位の盾を装備している。攻撃方法は短槍による突きと盾による打撃位ではあるが、オオカミをけん制するには十分な効果を発揮している。


 マリーとミリーの気配を感じながら、俺とオオカミを繋げている鎖を緩めたり引き寄せて、攻撃しやすいように調整している。


 ただ前に戦ったフェンリルよりLvは低いはずで、あの時よりレベルの上がっている俺たちでも、生半可な攻撃では、ダメージが与えられないでいる。マリーの双剣による斬撃は鋭さが足りていないようで、ミリーの棍による打撃は重さが足りず、俺の槍による突きでは勢いが足りていなかった。


 俺は守る事に集中しているので、爪による攻撃は盾で受け流し、噛みつきによる攻撃は回避したり、盾で横っ面を叩いたりして防ぐ事が出来ている。


 膠着状態が続いていると、不意にオオカミが息を吸い込み始めた。


 大きな声で鳴くのかと思えば、口から炎を吐き出した。やば! 何の備えも無しにくらうのは拙いが、範囲が広くて離脱できそうにない。レッドドラゴンの装備でもつけていれば別だったんだけどな。


 そんな思考の中で盾による防御、【フォートレス】を発動していた。


 備えていなかったため、少しの時間炎にあぶられてしまった。魔力でできた火の厄介な所は、発生元から切り離されても、魔力が残っている事が多いんだよな。装備は大丈夫そうだが、顔やむき出しになっていた手等に少し火傷を負ってしまった。


 目の前ではオオカミがまだ火を吐いているが、後方からキリエが回復魔法を使ってくれたようで、火傷による痛みが治まってきている。


 ただ慌ててフォートレスを張ってしまったせいで、チェインの鎖が無くなってしまっていた。くそ、これが収まったらまた繋ぎなおさないとな。


 10秒後に炎が途切れた。フォートレスの壁の向こうは灼熱になっているだろう。それに耐えているオオカミも異常な気がするが、フォートレスを解除すると同時に、周囲を凍らせる魔法【フリーズ】を使用して突っ込む。


 距離をとろうとしていたオオカミだが、フリーズをくらうと途端に動きが鈍くなっていた。フリーズは極低温というわけでは無いので、動きを鈍らすほどの威力は無いはずなのに……だがチャンスだ。再度【チェイン】を発動して鎖で繋ぐ。


 体が触れる程近付いて初めて気づいた。オオカミの毛が一部短くなっていた。目に見て分かる程に短くなっていたが、自分の炎で毛が燃えたって事はないだろうから、俺らの攻撃か何かで? いや待て、俺たちの攻撃であの範囲の毛を切り落としていない。


 のんびり考えている暇は無いな。俺は大きく息を吸い込んで、風魔法の準備をする。


 使用する魔法は、振動を増強する拡声魔法だ。魔法によって指向性を持たせた、音響爆弾を自分の声を使って行うのだ。


「はぁっ!!!!」


 俺も精いっぱい大きな声を出したが、人間の声帯で出せる音量などたかが知れている。俺の声が魔法によって大きな音へと変化した。


 逃げる事の出来ない近距離で音響爆弾以上の音を聞いてしまったオオカミは、よろよろとしていた。オオカミは耳も鼻もいいからな。フェンリルにも効いたし、この攻撃はさすがだな。


 隙を見つけた2人が足を中心に攻撃を仕掛けている。さすがに同じ付近に何度も何度も攻撃をくらえば多少の傷は与えられたようだ。俺も顔に攻撃を仕掛ける。渾身の突きが狼の左目を捉え突き刺さった。


 よしっ! 致命傷では無いが、これでさらに有利に戦闘が行える。


 次の瞬間、目にもとまらぬ速さで首をひねり俺に噛みついてきた。ダメージを与えた一瞬のゆるみに反撃を受けてしまったのだ。俺はオオカミの大きな口の中にある牙を、背中とお腹に感じている。首をかまれなかったのはせめてもの救いかもしれないと、戦闘が終わってから冷や汗をかいた。


 何とか動かせたのは、左手だけだった。右から噛みつかれている状況なので、体を噛んでいるせいで口先にある左手だけはどうにか動かせる形だ。


 みんなとドワーフたちの合作である、アダマン繊維の使われた鎧は狼の牙を通すことなく、直接的なダメージは受けていなかったが、噛む事によって圧迫される状況は変わっていない。


 向こうのオオカミを始末できたのか、慌てた顔で俺の方へ駆け寄ってきた。


 あれ? 俺なんか冷静に色々見えてる気がするんだけど、前に感じた走馬灯のように時間が圧縮される感じでは無かった。


 でも、状況がよくなるわけじゃない。牙を抜く事なんてできないし、そもそも左手しか使えない状況で、武器も無しにどうやって攻撃をしろと……あっ、俺って今、こいつの弱点に近い口の中にいるじゃん。体の中から攻撃するならやっぱりこれだよな!


 左手を右肩の上から喉の方向に向けて突き刺す。


【ファイアーボール】


 俺の魔法が、口から入り喉を通って胃の中で爆発した。


 爆発の痛みで口が開かれ解放される。そして爆発の反動で、俺は口から飛ばされるように吹っ飛ぶ。地面を転がってオオカミの方を振り向くと、煙を口から吹いているオオカミの首を、アリスの大剣が切り落としていた。何で一撃で落とせるんだよ!


 俺はみんなに心配され、シュリにお姫様抱っこをされて移動している。一気に島の中央まで走ってきたのだ。そこで整地を行い休憩エリアを作り出して、休憩できると思ったら、


 妻たちの説教が始まった。ダマたち従魔はとばっちりを受けないように、料理を作っているシルキーの足元で丸くなっていた。


 夕食が食べれたのは、説教が始まってから3時間後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る