第757話 腕が……

 なりふり構わず階段に飛び込み、飛び降りるようにジャンプをしながら階段を下りていく。この時、階段の入口を見ながら飛び降りていたのだ。加速された意識の中で、足場を確認しながら飛び降りていたので、転がり落ちるという無様をさらす事はなかった。


 それでも、加速された意識の中で行っていなければ無様をさらしていただろう。体勢を崩しながら、それほど早く移動していたのだ。


 ベルゼブブは、すぐに追ってくる様子は無かった。でも気は抜けない。あのスピードなら気付いたら目の前にいてもおかしくない。ストッパーをかまえながら、高速で階段を降りる。


「「「「「ご主人様!」」」」」


 妻たちは、俺の心配をしていたようで、みんな声をそろえて俺の事を呼んだ。シュリ、リリー、シャルロットの3人は、俺の心配をしているが、任された仕事をするために俺と階段の間に入り【フォートレス】を使い壁を作っていた。


「ダマ! 準備できてるか!」


 ダマは、準備ができていると器用にジェスチャーをして、足元を見るように誘導した。そこには100本近い瓶が並んでいた。


 俺が普段使いしているエリクサーより、高価な物が置いてあるようだ。こんな窮地に費用対効果なんて気にしてる場合じゃないもんな。それに隣には50本程、綾乃が作ったと思われるSランクの品質のマナポーションまで置かれていた。


 品質が高くなれば高くなるほど、中毒の危険性は下がるので、綾乃の作ったSランクのマナポーションは、正直助かる。エリクサーに関しては、今のところ中毒の報告は受けていないが、ランクが低くても製造が難しいので、中毒にかかりにくいと考えている。


「んぐっんぐっんぐっ、ぷはぁ~。みんな、心配かけたね。一応、右腕も8割程切り落としたけど、完全に落とし切れなかったから、今頃どうなってるか分からない。それにしても魔力の消費が激しいな。回復した端から消費しちまってるよ。もし意識がなくなったらみんな頼む」


 このセリフを言ったらめっちゃ怒られた。時間にしてマナポーション3本分。その間、不気味な事にベルゼブブは階段を降りてこなかった。この階に戻る事ができないのだろうか?


 そこらへんはよくわからないが、ゆっくりできたのは助かった。意識が加速していたため、脳がかなり消耗していたようで頭痛がしていたのだ。物理的な物では無かったので、エリクサーも効果を発揮せず。精神が疲労したのだろう。少しでも休めたのは本当によかった。


「あのハエ野郎を倒しに行くか。みんな、サポートよろしく。シュリとアリス、最後は任せたよ」


 俺は、戦闘という面で最も信頼している2人に、最後の止めについて任せた。俺は俺の仕事をする。可能な限り弱らせて、パスをつなぐことだ。


「さぁ、ラストバトルに行こうか!」


 フラグっぽかったが、自分たちの勢いをつけるためにあえて、そういうセリフを言った。


 階段を登っていく。ベルゼブブを残した部屋に到着する。そこには自分の右腕を食っているベルゼブブがいた。自分の肉を食べるハエの王。その意図を理解できずに混乱をしかけたが、俺はひらめきのようにそれを感じ、その行為が危険だと判断して、一気に加速する。


 右手に聖拳をまとわせて、上段から叩きつけるように頭に振り下ろす。


 食事に集中していても、俺の神歩からの一撃をしっかりとらえており、食事の手を一切やめずに、ハエを払うかのように鳩尾からはえている腕ではたき落された。そこで俺の攻撃が止まるわけもなく、はたき落された勢いすら利用して、胴回し回転蹴りの要領で顔面をとらえた。


 聖拳をまとわせた重い蹴りは、ベルゼブブの食事を中断させるのには十分な威力で、食べていた自分の腕を落としていた。落としたといっても、俺の蹴りによって遠くに飛ばされ、妻たちによって回収されていた。


 そのまま俺は立ち上がり、こちらを向いたベルゼブブの鳩尾に拳をうめる。腕たちが一番ガードをしにくい場所を全力で殴りつけたのだ。


 ベルゼブブが吹っ飛ん……こいつ耐えやがった! 殴りつけた右腕を掴まれ、ベルゼブブが口へ運んだ。俺は今、自分の右腕を食われている。前腕の中ほどから腕を噛み切られた。非現実的な光景だが、止まれない! 俺の右腕を食っているベルゼブブの横っ面を、左手で殴りつけた。


 ベルゼブブは殴られる瞬間に、俺の右腕を食べるのをやめ、左手に向かって口を開いていた。あっ俺の左腕も食われたか……ベルゼブブの口の中に俺の拳がすっぽり入り、口が閉じられた。


「そう簡単に、2本目の腕まで食わせてたまるか!」


 残った魔力を左腕に集中させて強化を図る。ベルゼブブは俺の左腕を噛み切る事が出来ず、半分も歯をたてられなかった。俺はそのままの勢いでベルゼブブの喉に拳を押し込むように力を入れ、地面にたたきつけた。


 俺は残った力を振り絞り、薄れてゆく意識の中で……


 シュリがあのハンマーをすでに振りかぶっており、腹部を狙った攻撃はベルゼブブの最後の抵抗と言わんばかりに、鳩尾からはえた腕が受け止めるが、効果はなく斧のようなハンマーに潰され、上半身と下半身が分かれた。


 残された上半身はまだ動いていたが、振りかぶったアリスの大剣で首を落とされ、落ちた頭を誰かが潰すのが見え……


 俺の意識はここで途切れた。

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