第756話 最終局面

 俺は周りの景色が遅くなっているのに、やっと気付いた。


 こいつが赤くなったことによって、俺たちに危機が迫っているという事か? よくわからないが、現状を野放しにしてはいけないってことだよな?


 今の俺は盾を持ってないぞ、どうするのが正解だ? 意識は加速してても、物を取り出すことができるのか? できなかったらすべてに意味がなくなってしまう。


 それなら素手で攻撃するしかない! やってやんよ!


 俺はすぐに取り出せる位置に準備していた、エリクサーと一緒に身体機能を上げる魔丸を取り出した。ここで出し惜しみすると、絶対に後悔するという強迫観念にも似たものを感じたので、迷わず使う事にした。


 魔丸といっても、体を壊す類の危ない薬ではない。危険は危険なのだが、魔丸の効果で死ぬ事はない。といっても、1人で使えば後遺症で死ぬこともあり得る。


 簡単に言えば魔丸とは、強制的に魔力を使って身体能力を引き上げる薬なのだ。魔力が一度枯渇するまで効果が持続するため、魔力を回復し続けてもいずれ魔力が枯渇して、意識を失う時が来る。1人で使えばその時に命を落とす可能性も高いという事だ。


 今収納の腕輪に入っている魔力回復ポーションは、確か10本位だったはず。魔力も回復できるエリクサーは6本だったと思う。この間に倒し切れなければ……いや! たらればは、言ってもしょうがない! 全力で潰す!


「クソハエが! ぶっ殺す! みんな後は頼んだぞ!」


 俺は雄叫びを上げて、ベルゼブブをみんなから引き離す。両手両足に聖拳をまとい、加速した意識の中でベルゼブブの隙をついて攻撃を仕掛ける。


 鳩尾を狙った正拳突きは、鳩尾からはえた腕ではガードする事が出来ず、右腕でも受け止める事は出来ずに、完璧に近い状態で拳を突き立てる事に成功した。


 受け止め損ねたベルゼブブの右手は、若干潰れていた。左腕は肘と手首の中間で切断されており、右手も使い物にならない。後は鳩尾からはえた4本の腕。


 正拳突きの威力で、壁際まで吹っ飛んだベルゼブブを追いかけて俺は地面をける。意識が加速しているためか遅く感じる。俺が到着する前にベルゼブブは、体勢を立て直してしまった。


 反射神経や動きは意識が加速した状態でも、向こうの方が早い。だけど早く動けるからといっても、これからの攻撃を防げるわけでは無い。全体重とスピードを乗せて、、体術スキルの【ローリングソバット】を使い追撃を仕掛ける。


 鳩尾からはえた4本の腕が俺の蹴りを防いだ。だけどダメージは入っているのが分かる。着地をすると同時に足を刈り取るような、下段蹴りをしようとした。


 次の瞬間に顔の右側に衝撃が走った。


 鳩尾からはえてる腕は防御した状態のまま……両腕は使用不能なはず。意識が飛びそうだったが、気合でねじ伏せながら衝撃の正体を確認する。


 そこには、切りとばされた左手が無い状態のままで殴りつけてきていたのだ。失念していた。手が無くても腕で殴りつける事だって出来るじゃねえか! あいつは人間じゃねえんだぞ! 痛みを感じているかもしれないが、手が無いくらいで、手が潰れたくらいで攻撃ができなくなるはずがないだろ!


 殴られた腕をそのまま捻り上げ、ベルゼブブの体を地面にたたきつける。そのままベルゼブブの腕を軸に体を回し、ベルゼブブの腕をねじりきろうと左肩を踏みながら、全力で曲がってはいけない方向に倒した。


 人間の体と構造は違うはずだが、肩が砕けるような音がした。勢いに任せて更に倒そうとすると、ベルゼブブの体が飛び上がった!


 普通の人間ならあの状態から飛び上がることなどできないが、鳩尾にはえている4本の腕で飛び跳ねたのだ。いったん距離をとって、ベルゼブブの様子をうかがう。


「クソが、あとちょっとで腕をもぎ取ってやれたのにな。だけど、打撃に強い体も関節技、しかも壊すタイプの攻撃には弱いんだな」


 憎々しい顔をして、俺の事を睨んでいるベルゼブブから目を離さないように、マナポーションをあおる。どれくらいの時間が経っているのか分からないが、魔力の減りが予想より早い気がする。そんな事を気にしている場合じゃない! 俺の悪い癖だ! 邪念は捨てろ! 目の前の敵を滅する事だけを考えろ!


 意識して余計な事を考える事をやめた。言葉にすると変だが、今の状況をあえて言葉にするならこういう風に言うしかなかっただろう。


 あの左腕はまだ動かせるのか? 攻撃に使えるのか? 確かめるのにはこれが一番か……


 加速した意識の中で俺は、相手を倒すことに集中して考え始めた。


 本当に使えるか確認するなら、そちら側から攻撃すればいいだけの話だ。右ボディーブローの要領で攻撃をする。体を強引にひねって鳩尾からはえている腕で受け止めた。


 そのまま俺も体をひねり後ろ回し蹴りを放ち、さらにベルゼブブの左腕が動くのかを確かめた。顔を狙った回し蹴りは、左肩を強引にあげる事によって受け止めていた。


 ここまでして左腕が使えない事を、偽装する必要はないよな? ほとんど動かないと仮定しよう。問題は手だけが潰れている右腕。あっちは自分の手が壊れても問題なければ、強引に殴りつければいいし、まだまだ十分に攻撃ができる状態だ。出来ればあれももぎとりたいけど、高望みはよくない。


 ベルゼブブの鳩尾から出ている腕、厄介だな。外側への可動域が広すぎる。


 殴り合い蹴り合いが続いた。人間に無い腕からの攻撃は予想がつきにくい。鞭みたいにしなって巻き付くようにしてくる打撃、防具が無い場所で受けてたら、確実に皮膚を持ってかれる程の痛みだった。


 エリクサーも残り1本、マナポーションも残り2本……タイムリミットが近付いてきたな。余裕があればDPで召喚するんだがな。妻たちから受け取ってもいいが、そうすると攻撃がみんなに向きかねない。


「みんな階段を下りて通路で待機してくれ! ダマはその間にエリクサーの召喚だ! シュリ、リリー、シャルロット、俺が降りてきたらいったん防御を頼む!」


 このまま魔力が枯渇して、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。階段まで追ってくるなら狭い空間での戦闘になる。でもその前にこいつにもう少しダメージを与えないとな!


 ただでさえ、少なくなってきている魔力を絞り出し、肉体活性のスキルに魔力を注ぎながら、マナポーションを2本飲み干す。これでエリクサーが残り1本……


「うをぉぉぉぉおおおお!!!!」


 自分を奮い立たせるために雄叫びを上げ、何度目になるか分からない突撃を行う。だがここで俺は、切り札を切る事にした。大薙刀を取り出し聖属性化ホーリーウェポンをして、中段を薙ぎ払うように攻撃を仕掛ける。


 薙ぎ払った攻撃が吸い込まれるように、ベルゼブブの右腕を捕らえた。


 今まで殴りあっていた相手が急に武器を取り出したことに虚をつかれ、さらに攻撃を受け止められると思ったら、聖属性化ホーリーウェポンされており、二の腕の少し肩よりの部分を8割程切り落とされてしまったのだ。こちらも何度目になるか分からないが叫びをあげていた。


 このまま足も奪っておきたいけど、欲張るのはよくないな。戦闘から少し意識を離してしまった瞬間、今まで手でしか使ってこなかった魔拳を足でも使うようになって、蹴りを慌てて受け止めた俺の右腕は骨がボロボロに砕けた。


 苦痛に耐えながらエリクサーを飲み干し、ストッパーを取り出して階段に逃げ込む。追ってきたら逃げ場のないここでぶちかましてやる!

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