第755話 まだ死なない……

 弾幕ゲーム中のベルゼブブは、攻撃するたびに時間が更新されているようだった。よくわからないが、弾幕を張っている時に時間が更新されると、素早く動いて攻撃を仕掛けるという事はなく、狭い範囲で攻撃をかわしながら攻撃を返す形になっている。


 これは俺たちにとって都合がいい! もちろん近接組が俺以外にも周囲に集まり、代わる代わる攻撃を仕掛けていく。俺じゃなくても効果がある攻撃が分かり、俺の負担は減った。


 シェリルは空手の有段者かと思うほど綺麗な型でベルゼブブを殴りつけ、アリスは足を刈り取るような鋭い斬撃。ダメージは与えられていると思うが、体に一切傷はついていない。堕天使を思い出す防御力だ。


 だけど聖銀の武器による攻撃は、確実にベルゼブブを弱らせている。今は、5~6人に同時攻撃をされているのに、6本の腕や体裁きで攻撃をかなりの確率で防いでいる。複眼の効果なのか恐ろしいな。


 順調に戦闘が進んでいると思ったその時、ベルゼブブの様子が変化した。3メートルを越えていた体長が、最初のサイズに戻ったが、見た目が大分変っていた。


 ちょっと灰色っぽい見た目だったのが、全身が赤くなっており、何より表情が憤怒に染まっていた。背中が寒くなる。


「みんな! いったん退避! 防御態勢を!」


 俺の指示に全員が反応した。それに対して俺は、装備を持ち替えた。剣と盾をもって、【シールドチャージ】を行い強引に壁まで押し込む。


 壁と俺に挟まれたベルゼブブが、鳩尾からはえた腕で盾をおさえて、残った両腕で俺の事を殴りつけてきた。先ほどの形態の攻撃の比にならないくらい重く鋭いものだった。辛うじて腕で防御をできたが、体の芯に響く攻撃で、1発受けただけで膝をついてしまった。


 押さえられている盾がベルゼブブの体に引き寄せられる。攻撃を受けて膝をついている状態で、強引に引き寄せられたためさらに体勢を崩してしまった。その状態で問答無用にベルゼブブは拳を叩き込んできた。さすがにこの状態では……命にかかわるかもしれない。盾を放棄して離脱をする事にした。


 ただ、次に起こった事を見て少し早まったかと思った。


 俺が引くと同時に、退避していたはずの前衛陣が代わって前に出てきたのだ。しまったな。俺がベルゼブブの前に残って、しかも攻撃を受けて膝をついてしまったのだ。助けるために前に出て来ても不思議じゃないよな。


 一番ベルゼブブに接近が早かったのは、意外な事にシェリルだった。シェリルは不完全ながら、俺が危険に陥っていることがトリガーとなって、神歩を発動させていたのだ。そのまま聖拳による【浸透勁】がベルゼブブの横っ腹に突き刺さっていた。


 ベルゼブブは、漫画のように体をくの字にしていた。拳を突き刺していたシェリルを鬼の形相で睨み、いつの間にか盾を手放していた鳩尾からはえている腕で、攻撃を仕掛けようとしていた。この時ベルゼブブは、痛みに我を忘れたため追撃を受ける事になった。


 シェリルが一番についた。1人で突っ込んできたわけもなく、後に続いて次にアリスが聖銀で作られた大剣を振りかぶり、ベルゼブブに向かって振り下ろしていた。怒りに我を忘れていたとはいえ、さすがのハエの動体視力。鳩尾の腕では間に合わないと判断して、左腕をアリスの大剣を受け止める。


 反射神経がいいとはいえ、不完全な状態でアリスの全力に近い攻撃を受け止めれば、こうなるのよな。腕を切り落とす所まではいかなかったが、半分ほど切り込みを入れていた。


 堕天使とは違い体液が出ていた……緑色!? ピッ〇ロかよ! あれ? あいつは紫だっけ? ってそこはどうでもいいじゃないか! 体液が出るって事は、もしかして堕天使ってゴーレムみたいな、無生物系の悪魔、魔物じゃないのか!?


 これはチャンスだ。それに今まで使ってきた攻撃や魔法を考えれば、回復魔法が使えてもおかしくない!


「みんな! ベルゼブブから血が出てる! 堕天使とは違う生物系の魔物だ! 貫通属性も有効な可能性が高い!」


 貫通系の得意な武器を使っているのは実は、メアリーとマリアのレイピア系と弓によるものと、斧槍使いのクシュリナとエレノア、ミリーの槍以外メインで使っているメンバーがいないのだ。


 厳密にいえば斧槍も突く攻撃をする事はかなり頻度は少ない。そこで俺も大薙刀から、この世界に来て初めて使った槍に武器を持ち換える。もちろん今回は聖銀製の武器だ。


 俺は、自分で扱える武器は一通り持っていて、聖銀製の武器も一応準備している。その中から持ち出したのは、シンプルな形をした槍だ。できれば腕を切り落としたいが、俺が大薙刀であの場に戻るとスペースがなくて邪魔になるだろう。それを考慮して槍をチョイスしている。


 ベルゼブブの正面は、やはりシュリだった。盾で攻撃を受け止めながら、聖銀製の片手斧を叩きつけている。シュリも技術はあるのだが、リリーに比べるとどちらかというと力押しの攻撃だ。力があるので、正攻法というべきか。なので片手で扱える武器は一通り使う事ができる。


 その中でチョイスした斧は、ベルゼブブに苦虫を噛み潰したような表情をさせるのに、十分な威力を持っていたようだ。意識のウェイトがかなりシュリに注がれているようだ。他のメンバーの聖銀による攻撃も嫌がってはいるが、力があるのが一番避けたいのだろう。俺はベルゼブブの隙を伺っている。


 ベルゼブブの右側面で相対しているシャルロットに指示を出す。その指示を聞いていた他のメンバーも納得をしてチャンスをうかがう。


 それにしてもベルゼブブ、早くなってねえか? 前後左右から4人の攻撃を受けさらに、4人の合間から長物の攻撃を受けているのに、その大半は防御されてしまっている。嫌になってくるくらい強いが、今の状態なら倒せない事はない……でも油断はできない。


 シュリが注意をひくために、スキルを使った。ベルゼブブの真正面から放たれた【スマッシュ】は、簡単に防がれ反撃をされてしまうが、そこは両サイドにいるリリーとシャルロットが盾をかまえて、突撃し攻撃を中断させようとするが止まらない。だが、視界は防がれている……


 神歩を使い一気に距離を詰める。大薙刀のスキル【椿】を流用して、ベルゼブブを貫く!


 シュリへの攻撃は止まり、自分の体に刺さっている槍を見て咆哮をあげていた。さすがに俺でもひるんでしまった。その咆哮の中でも、動きを止めなかったメンバーが2人いた。1人は意外な事にネルだった。


 先ほどのシェリルと同じように、聖拳をまとって【浸透勁】を使っていた。目を血走らせネルにターゲットを定め魔拳で迎撃をする気だった。さすがにこれはヤバいと思うが体が上手く動かない!


「ネルッ!」


 俺の心配をよそに大丈夫のジェスチャーをしている。あれ? 何でそんな事ができる余裕があるんだ? その原因は今さっきと同じように大剣をかまえたアリスが、腕を切り落としていたのだ。


 今までも怒っているのが分かったのだが、それを通り越してさらに怒っているのが分かる程だった。怒髪天を衝くというのは、こういう事なのだろうか? 1本腕を奪われたベルゼブブの体がさらに赤くなっていた……


 俺は気付いていなかったが、俺の意識は危機を感じて加速していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る