第758話 目が覚めて

 目が覚めると俺はベットの上で寝ていた。ここで寝ているという事は、ベルゼブブに勝てたんだな。あの光景は幻じゃなかったわけか。左手をついて体を起こして、右手をついてベットの端から立ち上がろうとして顔から床に落ちた。


「何だっ!?」


 思わず何が起こったか分からずに、大きな声を出してしまった。床に倒れながら自分の右手を見ようとして見れなかった。そこには俺の右手が無かったのだから、見る事ができなくてもおかしなことではないが。


「右手が無い、そういえばベルゼブブに食われたんだっけ? 左手はあるけど、利き手を無くしちゃったな」


 無くなった自分の右手のあった場所を見ながら途方に暮れた。腕を無くした俺にみんなはついてきてくれるのだろうか? みんなが俺から離れていってしまうのでは? と急に怖くなってきた。そんな事を考えていたら、部屋のドアが勢いよく開いた。


「「「あっ! ご主人様! 目が覚めたんだ!!」」」


 嬉しそうな声で三幼女が俺に声をかけてきた。


「「「みんな~、ご主人様が目を覚ましたよ!」」」


 またまた3人の声がシンクロして、他の妻たちを呼んでいた。俺は、みんなが集まってくる前に、3人に立たせてもらい近くの椅子へ腰を掛けた。片腕が無いとこんなに不便なんだな。これからどうするか?


 しばらくすると、全員が集まり俺を囲うように立っていた。みんなの顔はいつもと違い、何か言いたそうな顔をしていた。もしかして……


「ご主人様! 何で一人で危ない事をするんですか! ご主人様が私たちを大切にしてくださっているのは、とてもよくわかります。ですが、それと同等以上に私たちも……あなたが大切なんです。お願いですから、1人で危険な事はしないでください……」


 代表してなのか、ピーチがそういう風に言葉を紡ぐ。そして嗚咽を漏らしながら俺に抱き着いてきた。まわりのみんなも同じように泣いて、俺の事を抱きしめてきた。


「みんな……ごめん」


 俺は謝った後に、俺がみんなに捨てられるんじゃないかと、心のどこかで思ったことを話したら、全力で怒られた。病み上がりなのに、正座までさせられて1時間もみっちりと説教をされてしまった。


 どれだけ俺の事を好きか、どれだけ大切にしているか、全員から思いの丈をぶちまけられた。ちょっと言葉はよくないが、ぶちまけたといってもおかしくないような状況だったな。


 そして、俺は忘れていたが、エリクサーで欠損した腕を治せることを思い出させてもらった。早速治そうと思ったが、ストップがかかった。


 栄養補給をしっかりしてから治す予定だったのだが、しばらくは戒めとして右手が無いまま過ごすように、命令されてしまったのだ。利き手が無ければ、食事すらままならないのに……と思っていたら、食事を食べさせてくれるそうだ。


 要は、自分たちに看護されろ、という事らしい。みんなの事は好きだからいいんだけど、みんなは面倒ではないのだろうか?


 どの位寝ていたのか尋ねてみたら、丸二日程寝ていたらしい。魔丸の副作用を甘く見過ぎていたようだ。ただの魔力枯渇による気絶なら、数時間もすれば目が覚めるはずなのに、それが数倍もの時間がかかってしまったらしい。


 その割に妻たちはのんびりとかまえてた気もするけど……と、俺の疑問に思っている顔に気付いたミリーが、「ダマちゃんがね、シュウ君の体の様子を見て命に別状はないって、いってたから安心して起きるのを待っていたんだよ」と小さな声で教えてくれた。


 右手が無いと不便だな。だから治すまでは義肢でもつけようかと、こっそりと作成していたら、すぐに見つかって没収された。しかも見つけたのがダマで、回収したのがニコだった。おいお前ら! 俺の支配下にあるんじゃないのか? と突っ込んだら……


『奥方様の怒りはシルキー様の次に怖い……とばっちりでも受けたくない! 私は与えられた任務をはたすのみ! 後、ニコ先輩やハク先輩にも、絶対に奥方様には逆らうなと念を押されているので、仕方が無いのですよ』


「待て待て! それなら俺の命令をきかない方が、よっぽど拙くないか? それに隷属化してるのに、俺の命令をきかないっておかしいだろ!」


『主殿、隷属化や支配をしていても例外はあるんですよ。隷属化魔法や奴隷の首輪などでも、自ら死んだりすることはできませんが、死ぬより怖い事を認識しており回避する手段があるのであれば、罰則規定が働かない事もあるんです。私もここに来て初めて知りましたけどね。


 主殿の記憶にもあるでしょう、昔は奥方様は奴隷だったと聞いています。その時に自分の指示した事と、ズレた事をしていても平気な様子だったはずです。その時は、死ぬことより恐ろしい事を回避するために動いたから、罰則規定がはたらかなかった、若しくは罰則が緩くなっていたはずです」


 言われてみれば、そんなことあったな。何で俺の指示に従っても平気だったのか、これで謎が解けた。


『という事で、奥方様やシルキー様には逆らえないのです。前にも言ったと思いますけどね。私だって美味しいご飯が、食べられなくなるのは嫌なのです! 自分で調理できないですし、なので、諦めてください』


 俺の命令より、みんなやシルキーの方が怖いのか。確かに胃袋を掴まれたら、この世界では勝てねえよな。俺がいた日本ならコンビニで売ってる物でも、この世界で買えば金貨が飛んでいってもおかしくないクオリティーだからな……飽食の国【日本】恐るべし。


「それじゃぁ、しょうがないな。片手じゃゲームができないし、本も読みにくいからな~。あっ、でもブッ君なら片手でも読めるし大丈夫か」


 30分ほど慣れない利き手じゃない手で片手操作をしていると、ご飯の準備ができたと呼びに来てくれた。目が覚めた時にお腹が空いたと言っていたので、慌てて作ってくれたようだ。


 ガッツリ食べたかったけど、丸二日寝通しだった俺の食事はお粥だった。ちょっとショックだったけど、シルキーが作ってくれたんだから、文句を言うわけにもいかないな。


 片手で食べようとしたら、三幼女に止められて甲斐甲斐しく介護をされながらの食事となった。


 あっ、シルキーのお粥、よくわからないけどめっちゃうまかった!

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