第87話 不穏な空気

 冒険者ギルドに行かなくなってから三ヶ月くらいが経とうとしていた。シルキーたちの作っていた醤油と味噌は完成しており、今度はそこから一歩踏み込んだ調味料の開発が進んでいた。だしの素やコンソメのような、本来はある程度時間をかける物を手軽に使えるようにする計画を立てていた。


 この前何でDPで出せるのにわざわざ作ってるのか聞いたところ、この世界のもので作れるなら売っても問題ないですよね? 量産体制が整ったら売りに出す予定なんです! と言われた。お金稼ぎをするのだろうか? お金ならDPでたんまり出せるのに何でだろ?


 この前、熟成加速エリアと名付けた醤油や味噌を作っているエリアに足を運んで気が付いたのだが、醤油や味噌以外にもいろいろなものを作っていた。俺の考えが甘かったのだろう、シルキーたちが熟成加速できる闇精霊を召喚したんだ、他にも作っていても何らおかしなことはない。


 チーズ、肉、酒、酢等々、様々なものを熟成していた。他にもたくさんあったが、目についたのがそれだったのだ。だって知らないようなものまで熟成してたんですもの!


 ちなみに見かけたチーズだけでも五種類くらい作っていた。


 最近、革加工と木工のスキルLvが八まで上がったのだ。湯水のごとく高ランクの素材を使っているので、ガンガン経験値は入ってくるのだ。職人でもなければそれで生計を立てているわけではないので、同じことをずっとしてると、精神的に大変なので息抜きをしながらやってここまであげれたのだ。


 普通の職人なら到達できないスキルLvなのではあるが、ダンジョンの特性とDPによる素材召喚のコンボは反則だ。だが、スキルLvが八になったのに、いまだ世界樹は加工できるようになる気がしないのだ……


 世の中には加工できる存在が少なからず存在しているんだから、驚きなのである。そのほとんどが、長寿である種族がほとんどなので納得も行くのだが。


 今日は、久しぶりに屋敷の外に出る。決して引きこもりってわけじゃないよ! 家の外には出なかったけど、ダンジョンには行ってたんだからね! って何に対して言い訳してんだ俺。


 みんなが休日に屋敷の外(街)に遊びに行って帰ってきた時に、街の雰囲気がいつもと違う気がすると言っていたのだ。一人二人じゃなく八割ほどが同じことを言っていたので、間違いなく何か雰囲気の変わることがあったのだろう。


 メルビン男爵の当主が変わったからというわけではなさそうだ。若干殺気立っているような気がするとみんなが口にしていた。戦闘ができるようになってから娘たちは、その辺の空気に敏感になっているから分かったことなのだろう。


 こういった理由で久々の街へくり出しているのだ。ちなみに今日の護衛は、レイリーとニコだ。男同士でノンビリしたいという事もあったが、長生きして色々な経験を積んできているレイリーはすごい役に立つのだ。


 奴隷になる前は、貴族に仕えていてそこで文官と武官を兼任していた程の逸材だったらしい。でも、その貴族が不法行為をしていて、それを違う貴族に見つかってしまったため、スケープゴートして犯罪を押し付けられ、息子夫婦は見せしめに殺されリリーと一緒に奴隷にさせられたとのことだった。


「確かに変な空気が漂ってますね。全体的にみると殺気というよりは、何かおびえているような感じでしょうか?」


 うん、俺にも変な空気は感じられるんだが、それが殺気や怯えなんていう感情から来ているなんて全くわからねえ。娘たちもすごいけどレイリーはさらにすごいんだな。


「俺にも変な空気なのは分かるけど、殺気なのかすらわからねえな」


「それにしても、前にここら辺を通った時に比べて、食材が全体的に少なくなっていて高いですね」


「ん? そういえば、みんなも屋台とかの食べ物が値上がりしたって言ってたな。食材も減ってるのか」


 元の世界で似たような話を聞いたことがある気がする……食べ物の値段が上がって、食材が不足する状況があったはず。確か……貿易していた所と紛争が起きて、食糧が不足して値段が上がるみたいな感じだったか?


 フレデリクの街って食料自給率低いのか? ダンジョン農園の食料を放出すれば、この街の半分くらいの人間なら問題なくまかなえるだろう。でも、それをしたら流石にどこから持ってきたか問題になるだろうな。


「レイリー、この食べ物の不足と値段上昇が紛争による可能性はあると思うか?」


「ふむ、そういう事ですか。確かに食料を他の街に依存している所だと、そういう事があってもおかしくないですね。怯えの感情が食べ物が満足に手に入らないところから来ているとなると、殺気は……おそらく戦争に向けての準備が始まってるとかですかね」


「俺たちが考えている通りなら、そういう事になるよな。この世界の戦争ってどんな感じなんだ?」


「そうですね。国と国が領土を奪うために戦争をしますが、他にも貴族同士が相手が気に入らないといって、相手の街を占領して支配下に置いたりすることもあります」


 俺のイメージでは貴族は、お互いの足の引っ張り合いをして蹴落とすと思っていたが、そうではなくて直接実力行使にでることもあるようだ。


「どちらにしても、戦争を始める前には場所を指定した宣戦布告をしないと、勝っても後で他の貴族たちや王族が出てきて滅ぼされるみたいです。そういえば、平民でも貴族に宣戦布告して戦争に勝つことができれば成り上がれますよ。


 普通なら貴族の持つ兵士たちに勝つ戦力を集めるには、それと同等の財力や権力が必要になるからできないのですが、ご主人様は特別です。ちなみに、シングル以上の冒険者の権限は下手な貴族より強いですよ。単騎で貴族の兵士を根こそぎ倒すことが可能な戦力ですからね」


「そうなのか、でもシングル以上の冒険者なら、わざわざ街を落とすなんてことはしないだろうな。俺のいた世界とは全然違うんだな」


「シングル以上の人たちは、お金も稼げますし何より貴族になりたくないと思っている人が多いですね。戦争の際には、冒険者ギルドに傭兵のクエストが出ますね。国と国の戦争ならシングル以上も参加できますが、貴族同士の戦争には参加できないと聞いたことがあります」


「ほークエストとか出るのか、確かにそういった小説もあったな。戦争になるかわからないから、今話してる内容も結局憶測で話してるわけだしな。もうちょっと違うところにもいってみるか」


 どこに行っても食材は値上がりして少ない量しか売っていなかった。他に感じた事と言えば、活気が以前よりなくなっている感じだろうか?


「あれ? シュウ君じゃない? ひさしぶり!」


「ん? ミリーさんでしたか、お久しぶりです」


「あれから全然ギルドに来なくなったね。危険な仕事だから知っている人が来なくなることも結構あるけど、顔合わせてた人が来なくなるのは寂しいんだよ」


「気持ちは解らなくもないですが、こっちの事を考えない発言されれば怒りますって。謝ってもらったわけでもないですしね。それにフェンリル討伐一番の功労者シュリだって、表向きはその功績を発表されてないですし、メルビン男爵の指名依頼の調査をしないで受理してますよね? あきらかにおかしかったはずですが」


「ゔっ……確かにハゲマスターの発言はいただけなかったですね、何度も謝りに行くように説得したんですが頑として行こうとしないんですよね。でも、メルビン男爵の指名依頼って何のことですか?」


「ん? 亡くなったメルビン男爵が亡くなる前に、Aランクのパーティーに奴隷の護衛という名目で指名依頼をしていましたよね。その依頼の奴隷っていうのが娘たちで、俺の家に正式な書類ということで売買書まで持ってきて引き取ろうとしたんですよ。


 みんなが望めば解放すると言っているのに、俺の奴隷でいたいっていうからそのままにしているだけなのにな」


「なんですかその指名依頼……初めて聞きました。ちょっと同僚に話を聞いてきます。近いうちに隣町へ宣戦布告するそうです。戦争になりますので気を付けてくださいね」


 戦争というフレーズを残してミリーは冒険者ギルドのある方へ走っていった。


 憶測が現実になったな。貴族同士の戦争なら街を蹂躙されるわけでもないから街の中は安全ではあるが、食糧不足で値段が上がれば不満も増えるよな。戦争すれば金がかかるから税金も上がるし、いいことなんて何もないのにな、しょせんメルビン男爵の血筋か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る