第5話見えざる影と消えぬ憎悪

霧島雫の友人である佐伯美咲のストーカー被害に取り組み始めて数日が経った。僕とソーカは彼女を守るため、日夜調査を続けていたが、ストーカーの正体はなかなか掴めずにいた。彼は常に影のように動き、姿を見せることはなかった。しかし、僕たちは決して諦めない。


ある夜、僕たちは美咲の家の周辺を見回っていた。その時、ふとソーカが何かに気づいた。


「シャーロ、あそこにモヤが見える」


ソーカの指差す方向に目を向けると、確かにうっすらとしたモヤが漂っているのが見えた。だが、そのモヤの向こうには何もないかのように見える。まるで光が反射して消えているようだった。


「これは……異能かもしれない」


僕はその光景に興味を抱いた。モヤが見えるということは、そこに何かが存在する可能性が高い。しかし、その何かは光の反射によって視界から消されているのだろう。つまり、異能が使われているということだ。


「ソーカ、あのモヤを追ってみよう」


僕がそう指示すると、ソーカはすぐに動き出した。彼女の異能「音」を利用して、音速で動くことができるソーカなら、この謎のモヤを追い詰めることができるだろう。


モヤを追いかけると、その先には二人組の男がいた。彼らは明らかに怪しい様子で、美咲の家の周囲を監視しているようだった。一人は中肉中背の男で、もう一人は屈強な体つきをした大柄な男だ。中肉中背の男は、まるで幽霊のようにぼんやりとしか見えない。


「彼が光の反射を操作して姿を隠しているのか……」


僕は彼の異能の正体に気づいた。彼の能力は光を操作し、自分の姿を隠すことができるのだろう。そして、もう一人の屈強な男は、その能力を持つ者を守るために存在しているに違いない。


「ソーカ、行くぞ」


僕はソーカに合図を送り、二人組に対して一気に行動を開始した。まずは、光を操作している男に向かって攻撃を仕掛ける。ソーカの高速移動により、彼の反応を超えた速度で接近し、一瞬で彼の注意を引くことに成功した。


だが、その瞬間、屈強な男が立ちはだかった。


「やめろ!」


彼は大きな声を上げ、僕たちに向かって突進してきた。その力強さから、ただの筋力ではないことが分かった。彼もまた異能を持っているに違いない。


「彼のギフトは剛力か……」


僕はその瞬間に悟った。彼の力は常人を遥かに超えたものであり、彼の異能によって強大な力を持っている。しかし、剛力であってもソーカのスピードには追いつけない。


ソーカは彼の攻撃を難なく避け、超高速で彼の側面に回り込んだ。彼の鈍重な動きに対して、ソーカの動きはまるで風のようだった。次の瞬間、彼女は彼の急所を的確に打ち、あっけなく屈強な男を無力化した。


「これで終わりだ」


僕は中肉中背の男に向かってそう告げた。彼は逃げる間もなく、完全に僕たちの手中に落ちた。光を操作する能力も、剛力も、僕たちには通じなかった。


その後、雫が美咲を連れて現場に駆けつけた。彼女たちは、拘束された男たちの姿を見て驚愕した。


「この男……」


美咲は目の前にいる中肉中背の男を見て、言葉を失った。彼女の表情には驚きと共に、何か別の感情が浮かんでいるようだった。


「どうした、美咲さん。この男を知っているのですか?」


僕が尋ねると、美咲は震える声で答えた。


「この男……彼は、私の元カレです。でも……彼は、確かに死んだはずなんです!」


その言葉に、僕も一瞬驚きを隠せなかった。彼女の元カレであるこの男は、すでにこの世を去ったはずの人物だったのだ。


「どうやって……どうして、生きているんだ……?」


美咲は困惑し、信じられない様子で元カレを見つめていた。だが、元カレの男は美咲を見返し、憎悪に満ちた目で睨んでいた。


「お前が……俺を捨てたせいだ……!」


男の声には激しい憎しみが込められていた。彼は自分が美咲に捨てられたことを恨み、その復讐のために異能を手に入れ、彼女を追い続けていたのだ。


「お前を絶対に許さない……!」


彼の言葉に、美咲は動揺し、後ずさった。だが、僕は冷静に彼を見据え、問いかけた。


「どうして死んだはずの君がここにいるんだ? 君の目的は何なんだ?」


男は一瞬黙り込んだが、やがてその憎悪を隠さずに語り始めた。


「俺は……死んだんじゃない。俺の魂は、憎しみと共にここに残り、ギフトを得たんだ。お前を苦しめるために、何としても生き延びた!」


彼の言葉には狂気が滲んでいた。それでも、僕は冷静に彼の言葉を分析し、真実を探ろうとした。


「シャーロ、どうする?」


ソーカが僕に問いかけた。彼女の声は冷静で、次の行動を待っている。


「まずは、彼を落ち着かせよう。彼がなぜこうなってしまったのか、その真相を知る必要がある」


僕は彼に再び問いかけた。


「君が美咲さんを恨む理由は理解できる。しかし、復讐だけが目的ではないだろう? 君は何かを探しているのか?」


男は一瞬言葉を失ったが、その後、顔を歪めながら答えた。


「俺が求めているのは……お前の苦しみだ。お前が俺を捨てたことを後悔させること。それだけだ!」


彼の言葉には迷いがなかった。しかし、それでも僕はその背後にある真実を探ろうとした。


「修平……」


佐伯美咲の声が震えながら、湊に届いた。彼女は未だに信じられないといった表情で、目の前にいるかつての恋人を見つめていた。だが、湊はその視線に反応することなく、彼女を睨み続けていた。


「修平、どうしてこんなことに……どうして……」


美咲は言葉を探しながら、彼に問いかけたが、湊の顔には憎悪しか浮かんでいなかった。


「お前が……お前が俺を殺したんだ!」


湊の叫びが夜の静寂を切り裂いた。彼の怒りは純粋な狂気となり、美咲に向けられていた。


「どうしてそう思うんだ?」僕は湊の怒りに対して冷静に問いかけた。


「君が感じている憎しみ、その原因は何なんだ?」


湊は一瞬黙り込み、過去の記憶を甦らせるかのように視線を遠くに向けた。そして、彼はゆっくりと話し始めた。


「それは……お前が、他の男とホテルに入るのを見たからだ」


その言葉に美咲は目を見開いた。湊の話が続く。


「俺はお前を信じていた……でも、あの日、俺はお前が他の男とホテルに入るところを見てしまった。ショックだった。お前が浮気をしているなんて……その場から逃げ出すしかなかった」


湊の声は次第に震え始めた。彼は深く傷ついていた。そして、その傷が彼を死に追いやったのだ。


「その後、俺は何もかもが無意味に思えた。だから、高層ビルの屋上に上って……投身自殺を図ったんだ」


その言葉に、僕たちは一瞬息を呑んだ。湊の語る真実は、彼の絶望と憎しみを表していた。だが、彼が死に際に聞いた声が、彼の運命を変えた。


「その時……声が聞こえたんだ。『その憎しみをギフトに変えてやる』って。そして、目が覚めた時、俺はこの力を手に入れていた。俺はもう人間じゃない。お前を苦しめるために生まれ変わったんだ!」


湊の言葉には、明確な憎しみと決意が込められていた。彼はその力を使い、復讐を果たすためだけに生き延びていたのだ。


「修平……違うのよ!」


突然、美咲が強い声で湊に叫んだ。その言葉には、彼女の全てを懸けた思いが込められていた。


「私があの日、あの男とホテルに入ったのは、浮気なんかじゃない! あれは……仕事だったのよ。修平、あなたにも話さなかったけれど、私は公安なの。同僚と一緒に、ある張り込みのためにホテルに入っていたのよ!」


湊の目が一瞬揺らいだ。それは、彼の信じていたものが全て崩れ去る瞬間だった。


「嘘だ……嘘だ! そんなこと、信じられるわけがない!」


湊は美咲の言葉を拒絶しようとしたが、その声には迷いが感じられた。彼の怒りと憎しみは、信じていた真実が揺らぐことで、その存在意義を失いつつあった。


「修平、本当よ。あなたを愛していたし、今でもそうよ。でも、あの仕事はどうしても言えなかったの。あなたを守るためにも、話せなかった。でも、それがあなたをこんなにも苦しめることになるなんて……」


美咲の声は涙混じりになり、彼女の頬には涙が流れていた。湊はその涙を見て、言葉を失っていた。彼の中で、憎しみと愛の狭間で揺れる感情が交錯していた。


「シャーロ、彼を止めないと……」


ソーカが冷静に僕に言った。彼女の言葉には、湊をこれ以上苦しめたくないという思いが込められていた。


「分かっている、ソーカ」


僕はゆっくりと湊に近づいた。彼は未だに戸惑い、揺れ動いていたが、その体には戦う力が残っていないことを僕は感じ取った。


「修平、君はもう戦わなくてもいい。君の痛みと憎しみは理解できる。でも、真実を知った今、君はどうする?」


僕の問いかけに、湊は立ち尽くしたまま答えられなかった。彼の憎しみは、美咲への愛と裏切りの感情が混ざり合って生まれたものだった。しかし、その根底にあったものが、今、音を立てて崩れ去ろうとしていた。


「俺は……どうすればいいんだ……」


湊の声には、かつての強さはなく、ただ途方に暮れた男の叫びが残っていた。彼の力は、復讐のために存在していたが、その理由が失われた今、彼は自分の存在意義を見失っていた。


「修平……私たちは、もう一度やり直せるかもしれない」


美咲が涙ながらに彼に言った。その言葉に湊は一瞬戸惑ったが、次の瞬間、全ての力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


「俺は……もう生きている意味がない……」


彼は自分の手で、かつての恋人に憎しみをぶつけようとしたが、それが全て無意味だったこと。それに気づいた時彼の体が光に包まれた。


「美咲ごめんな。怖い思いさせて」


美咲は光に包まれた修平を抱きしめた。


「私こそごめんなさい」


修平は少し安堵した表情をしながら光と共に消えていった。



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HIDDEN GIFT 虎野離人 @KONO_rihito

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