第13話 天藍の扇
黄陽から戻った各々がやっと新しい日常を掴みかけた頃、空心も若かりし頃に途絶えた蒼天での学びの続きを始めていた。
王府の書庫へも出入りが許され、若かりし頃には見ることが出来なかった書や経典も今では自由に探すことが出来る。この上なく恵まれた学びの環境を頂いた事に、空心は感謝していた。
その空心が少し緊張した様子で、辰斗王の部屋へ向かっている。手には何やら青い束のような物が握られている。古い経典を求めて行った王府の書庫で見つけた物だった。
「辰斗王、空心でございます。急ぎお見せしたい物がございまして参りました。」
「あぁ、空心様。どうぞ中へお入りください。どうなされましたか?」
「辰斗王、実は・・・」
空心が少しためらう様子を見せたので、辰斗王は人払いをし部屋に二人だけとなった。
誰もいなくなると、空心は話し始めた。
「実は先ほど経典を探しに書庫へ参ったところ、奥の棚の隅でこれを見つけまして・・・ とても古い物のようではありますが、造りがとても高尚でして。詩が刻まれております。」
「ほう、これが書庫に? これは天藍だなぁ・・・」
「埃にまみれて隅に置かれていました。それが・・・ この文字は刻んだ溝に金を流してあるようで、時々経典でも使われる手法でございます。もしや、王府に献上された特別な品ではないかと思いまして。しかも・・・」
「うん。確かに金の文字だ。で、しかも?」
「この詩の内容が、まるで泰様と七杏のことのようで驚きまして・・・」
「なに? どれ!」
その扇のような青い束には、
春の宴は姫のため 夏の宴は殿のため
幼き糸はまだ弱く 結び目は固い
どんなに遠く離れても
どんなに時を隔てても
いつか二人はめぐり逢う
そんな願いを込めおきて
二人の絆が切れぬよう
紅と螺鈿の道を分かつ
春の宴の宵桜 逃れし人を見送りて
夏の宴の天の川 二人を分かつ流れは止まぬ
糸は太く丈夫になりて 結び目は浅く
幾つもの花は舞い散り 幾つもの星は流れ
時を経て再び めぐり逢わんとぞ願う
いいえ、必ずまた出逢う
と書かれていた。
「あぁ、確かに・・・ 確かに泰極と七杏の護符のことのように読める。だがなぜ、その事がここに?」
「そうなのです。しかもこの扇は、大きさが妙だと思いませぬか? 足りぬというか、途切れているような形ではありませぬか?」
そう空心に言われ、辰斗王は自分が持っている扇を広げ天藍の扇と比べてみた。
「そうじゃな。確かに形が足りないようだ。もしや、続きがあるのか?」
「えぇ、辰斗王。私もそのように想いました。何処かにこの続きの扇があるのではありませぬか?」
「よし、書庫へ行って探してみよう。」
二人は連れ立って書庫へ行き、続きとなる扇がないかと探した。棚の奥も隅も手分けして探したが、もう一つの扇は見つからなかった。
「天藍か・・・ 蒼天では代々、王と王妃が亡くなると天藍の品をお守りとして一緒に王墓に納めて来た。もしやその中の一つであろうか? 先代のどなたかの埋葬品だろうか? 空心様、念のため王墓へも行ってみましょう。」
「よろしいのですか? 私も一緒に・・・」
「構いませぬ。空心様なら、先代方も文句はあるまい。さっ。」
辰斗王と空心は、王墓へ向かった。
応募の中には、石碑とその下に箱が納められた物が十一並んでいた。その箱の中にお守りとなる天藍も納められている。
「私で蒼天も六代目だ。これは泰極の母、
「きっとあちらから、お二人を見守っていらっしゃいます。時が来ればまた、あちらで逢えます。今はまだ、蒼天と泰様をこちらでしっかり見守ってください。」
「あぁ、そうだな。妃にはもう少し待っていてもらおう。さぁ、天藍の扇の片割れを探そう。」
「では、その前に私から、静寂を破るお詫びに経を上げさせて頂いてもよろしいかな?」
「あぁ、確かに。では私は香を。」
辰斗王が香を上げ空心が経を上げた後、一つ一つの納箱の中を確かめた。
しかし、どの箱の中にもお守りの天藍は有り扇らしい物もなかった。
「仕方ない。空心様。今は王墓の方々にこの扇を預け、我々は分かる時が来るのを待つことにしよう。」
「えぇ、えぇ。いつか分かる時が来ることでしょう。」
「あぁ、この命があるうちに分かるとよいのだが・・・」
「願わくば、そうであって欲しいですな。」
二人は、辰斗王の妃の納箱に天藍の扇を預け王墓を後にした。
少しずつ夕暮れが遅くなり、吹く風の匂いが変わり始めた。
泰極は龍峰山の麓で、空を見上げていた。
「あぁ、今日は東風節かぁ・・・ 美しい空だ。」
東風節の紅白の
特に良縁が訪れる事を願う男女は〈
東風節は正月と日常を分ける日でもあり、それまで飾っていた正月飾りが外され、寺でお焚き上げが行われる。人々は寺を訪れ〈
「泰様、今夜ぐらいはいいでしょう。あと十日もすれば工事も終わりそうですし。」
侍従が梅花酒を泰極に差し出した。その杯の中には、小さな白梅の花が一つ浮かんでいた。
「あぁ、好い香りだ。ありがとう。今年は街へまつりを見に行けなかったな。残念だ。皆にも悪い事をしてしまった。もう少し早く気付いていれば暇を出したのに。申し訳ない。」
泰極は、自分が指揮を執る温泉の整備の事で頭がいっぱいだった。東風節をすっかり忘れて工事を続けていた事を悔いた。
「泰様、皆も分かっております。お気になさらずに。都ほどではございませんが、梅花酒と紅白の梅花天燈を用意致しました。今夜は皆で飲み、天燈を飛ばしましょう。さぁ。」
侍従はそう言って、泰極を皆が集まる場所へ連れて行き、皆それぞれに願いを込め書き入れたた天燈を空へと放った。龍峰山からもたくさんの天燈が上り空を灯す。
その様子は、都の文世の屋敷からも見えた。
「まぁ、お山の方でも天燈が上がっているわ。誰が上げているのかしら?」
庭先で七杏が見つけた。
「あぁ、本当だ。美しいのう。」
共に見上げた空心が言う。
「さぁ、街へ出てみましょう。お嬢様。」
静月と陽平が、胸を踊らせて七杏を誘う。三人は連れ立って東風節の街へと出かけて行った。
街に着くと、静月と陽平は紅梅天燈を。七杏は白梅天燈を。それぞれの願いを込めて飛ばした。そして、寺へ行き梅花絲に願いを書き入れ結んだ。
‘蒼天に早く慣れ 平穏で健康に過ごせますように 良縁に恵まれますように’
七杏は、少しだけ欲張って梅花絲に目一杯に書いた。
東風節は梅花節とも呼ばれ、まつりの名物に〈
〈いつか私も、紅梅天燈を誰かと飛ばす日が来るかしら・・・〉
七杏はそんな事を想いながら、蒼天での初めての梅花まつりを楽しんだ。
東風節の夜が更ける。今日で冬が終わり、明日からは春が始まる。
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