第12話 蒼天での暮らしへ

 文世が立ち上がり静月と陽平に言った。


「二人とも長きに渡り苦労をかけてすまなかった。お陰で無事に七杏も大きくなり、治療も終え戻ることが出来た。これでやっと、泰様に嫁ぐことが出来る。感謝している。」

「文世様、長らくご無沙汰を致しました。無事にお嬢様をお連れし蒼天へ戻って参りました。服薬もすべて終えお嬢様の病も癒えました。」


陽平が報告し深々と頭を下げ、静月もそれに習い、


「文世様、もったいなきお言葉。私たち二人は、七杏様と共に過ごし本当に楽しかったのでございます。恐れ多い事とは思いますが、本当の我が子の成長を見守っているかのように喜び心配し、幸せに過ごして参ったのでございます。」

と話した。


「静月よ、そなたには悪い事をしてしまった。若き二人を異国へ送り大事な時を奪ってしまった。互いに想い合っていたのに、湖を儲けることも出来ずに過ごさせてしまったわ。」

芙蓮が涙を浮かべて話すと、


「本当にすまない事をした。申し訳ない。二人には感謝し尽くせない。どうかせめて、二人の婚礼を私に執り行わせてくれぬか。」

文世あ申し出た。


「文世様。私共は、静月が申しました通り七杏様の成長を間近で見守り、まるで二人で我が子を育てているように幸せでした。お二方こそ我が子の成長を見守ることが出来ず、歯がゆくお寂しい想いで過ごされて来たことでしょう。御心痛はいかばかりかと・・・ 

 ですが、静月には一度、婚礼衣装を着せてやりたいとも思っております。文世様に婚礼を仕切って頂けるのならば、真に幸せでございます。」

陽平がこう答えると、


「陽平、ぜひ私に任せてくれ。すぐに準備にかかろう。静月もよいな。そうだ。次の満月に執り行おう。」

と文世が意気込んで、静月と陽平の十年越しの婚礼は新春の満月の日に決まり、二人は晴れて公に夫婦になれる事になった。


「辰斗王、龍峰山の薬師と申す者が参っておりますが、いかがなさいますか?」

侍従が戸口に来て言った。



「龍峰山の薬師? こんな日に一体・・・ ここへ通せ。」


辰斗王は不思議に思いながらも龍峰山という言葉が気がかりで、その者を招くことにした。


「辰斗王、今日は何でもめでたい日だとか。

 はるか黄陽国より高僧が参られたと聞き及びまして、特別な薬草茶をお持ち致しました。永らく異国で過ごされた方が蒼天へ参り、急に水や食が変われば臓腑が驚きお身体に不調が現れます。ですので、この薬草茶を日に三度、七日も飲めば大事はありますまい。」


薬師は部屋に入るなり淀みなくそう申した。


「これはこれは、龍峰山より参られ斯様な物をお持ちいただくとは何とも有り難い。」

辰斗王が礼を述べると、薬師はにんまりして桜の方へ向き


「これはこれは、健やかで見目麗しい娘子でございますなぁ。まるで桜花か杏花のような美しさだ。

 きっと星のように輝き若竹のように清々しくまっすぐな殿方に嫁がれることでしょうな。そして、立派なお世継ぎもお産みになられる。」

と申した。


 その言葉を聞き、辰斗王はその薬師が誰であるか気づいた。空心も文世も気づいた。


「あぁ、ありがとうございます。このように美しく健やかに育った娘を迎えられ、この上なく幸せでございます。」

辰斗王がそう言うと、薬師は満足そうに頷いた。


「そうだ。薬師様。先ずはお茶のお礼に、酒を持って行ってください。確かお好きでしたよね。すぐに用意をさせますので、ぜひ。」

辰斗王は侍従に上等な酒を用意させた。


 薬師はにこりと笑ってその酒瓶三つをひょいと持ち上げると、一瞬のうちに帰って行った。




 そして、空心は用意された庵へ。静月と陽平は文世の屋敷の近くに用意された新居へ。桜は実の両親と屋敷へ帰った。こうして蒼天での暮らしが始まった。しばらくはのんびりと旅の疲れを癒し、蒼天の気候に身体を慣らしながら静かな時を其々に過ごす事となった。




 桜は、実の両親の元で蒼天の言葉を習い国の地形や都のことなどを教えてもらい過ごした。

 自分の本当の名前が‘七杏チイシン’だったという衝撃に向き合い、月と平も本当は静月ジンユエ陽平ヤンピンという名前で、黄陽にいる間は出来るだけ蒼天のことを隠すために、黄陽に馴染む名にしていたのだと知った。そんな二人がいつも一緒にいてくれることが、桜にとってどんなに心強かったことか・・・ 


〈文世父上も芙蓮母上も実の両親で安心は出来るけれど、言葉も通じずつい遠慮がちになってしまう。空白の時間があまりにも長く親子の記憶もない。文化の違いや習慣の違いも大きいわ。

 でも両親には親しみも感じているし愛を受けている事は、私にも分かる。だからこそ、早く蒼天に馴染もうと気持ちが焦ってしまう。〉


桜の胸の内に想いは溢れている。


文世も芙蓮も

「ゆっくりでいいのよ。もうあなたは何処へも行かない。ずっと蒼天にいるのだもの。これから時間はたくさんあるのだから。」

と言ってくれる。その言葉になだめられ安心もする。


 それでも、静月と陽平の支えは大きかった。


 こうして蒼天での日々が過ぎていった。

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