第11話 さぁ、蒼天国へ
辰斗王が出した船が空心一行を乗せ黄陽国を発ったのは、年の暮れの満月も近い頃だった。
船は冬の冷たい海を渡り、桜の護符に守られながら蒼天へ向かっている。その揺れる船の中で、空心は桜が不安を抱えている事を感じていた。だが、空心の口から桜の出生や蒼天に向かう意味を話す訳にもいかず、
「桜。魂は本来いるべき場所へ導かれ、そこに戻ることが使命なのだ。そなたにも、その時が来たのだよ。案ずることはない。月も平も私も一緒だ。これからもずっと共に在る。安心して導きに身を任せなさい。桜はずっと胸の護符と共に在る。何も心配は要らないよ。」
そう言って聞かせることしか出来なかった。桜も、空心の重い口ぶりに今は多くを聞いてはならない雰囲気を感じ取っていた。
〈今はただこの船に身を任せ、無事に蒼天に着けることを祈ろう〉
と桜は決めた。
船が黄陽と蒼天の間に点在する島々を過ぎた頃、空心はよく晴れた海を眺めながら、
〈ここまで来れば蒼天はあと少し、あの時もそう心が切り替わったのう。〉
心の中で呟いた。
「空心様。だいぶ進んで来ましたね。点々と続いていた島々も見えなくなって、また波ばかり。蒼天までは後どのくらいなのでしょう?」
桜が外へ出て来て聞いた。
「あともう少しじゃ。三日の後には着くであろう。」
「あと三日・・・ 蒼天はどんな処なのでしょう・・・」
桜は船の進む先、未だ見ぬ蒼天の方角を見つめた。
するとその視線の先に、白く波立つ大きな渦を見つけた。
「空心様! 見て! 大きな白い渦が! 船は大丈夫かしら・・・」
「どれ、あぁ、まずい! このまま進んだのでは船が飲まれてしまう。」
突如出現した大きな白波の渦が、船の行く手に広がっている。空心は桜の護符に目をやった。護符は黙ったまま光りも動きもしない。
「なぜだ? 我々がこんなに危険を感じているのに、なぜ光らぬ。どういう事だ。守ってはくれぬと云うのか?」
空心はあわてふためき、おろおろとその場を歩き回った。
「いやぁ、いいお天気ですね。日が照るとこんなに暖かい。」
船室からのんびりと平が出てきた。その後ろにいた月も太陽の恵みを感じ喜んでいる。
「二人とも、あれを見て! 大きな渦が!」
二人は、桜が慌てて指さす方向を見た。一瞬で恐怖に覆われた二人は、同時に桜の護符を見た。だが、護符は光ってはいなかった。
「空心様、どういうことでしょうか? お嬢様の目の前に危険が迫っているというのに護符は何も・・・ あの嵐の夜には船を守ってくれたのに。」
平が不安げに言う。
「あぁ、私も不思議に思っているのだ。桜が危険なら護符が光らぬはずがない。何か別の事があるのじゃ。きっと何か・・・」
空心の言葉に二人は、天に身を任せるしかないと感じた。そして船は目の前の渦を避けようと、大きく進路を変え始めた。
その時、渦の向こう蒼天の方角から五色の龍が海面を渡り、まっすぐこちらへ向かって来た。
「龍が… 五色の龍が向かって来ます。」
桜が叫んだ。
「あちらからは鳳凰が!」
叫んだ月の声に皆が振り向くと、船の後ろ黄陽の方角の空から五色の鳳凰が飛んで来た。
二匹は真っ直ぐ渦の方へと向かっている。龍は渦の上で空へと上昇し、鳳凰は羽ばたき二匹が出逢うと大きな気流が起きた。
船はその気流の風に乗り渦の先へと運ばれ、五色の龍が引いたキラキラと輝く航路の上に下りた。龍の航路は、まっすぐ蒼天へと続いているようだ。空に舞い上がった龍は、鳳凰と共に蒼天の方角へ睦まじく飛び去って行く。
そのとても美しく鮮やかな光景に、黄陽で桜が織り上げた二反の織物の事を皆が思い出した。突如現れた五色の龍と鳳凰は、天空で出逢い一つの織物となって蒼天の空へと棚引いているかのようだった。
「危険ではなかったのだな・・・」
「えぇ、空心様。そのようです・・・」
空心のつぶやきに月が答えた。
「あの時の・・・ 黄陽での桜様の五色の織物のようでしたね。」
平がまだ呆然とした様子で言うと、桜は、
「えぇ、私もそう思っていました。美しい光景でした・・・」
と、龍と鳳凰が消えていった空を眺めていた。
「まるで・・・ まるで・・・ この先のお嬢様と・・・」
月が涙を堪え言いかけると、空心は制するように
「あぁ、この先を予見しているようだったのう。」
とだけ言った。
一行は五色の龍が引いた穏やかな航路を、まっすぐに蒼天国へと向かった。
船が無事に蒼天に着き、一行は迎えの馬車に乗ると辰斗王の屋敷に向かった。
空心、桜、月、平の四人は、屋敷に着くとすぐに辰斗王の部屋に通された。そこには既に
辰斗王は空心の手を握り、
「空心様、よくぞ参られた。ご無事で何より。さぁ、お座りください。長旅でお疲れでしょう。」
と席へ招いた。
「辰斗王、長らくお待たせ致しました。いやいやお互い歳を取りましたなぁ。無事に桜を連れ帰ることができ安堵しております。」
空心は立ったまま答える。
「空心様、感謝致します。
文世は、静月と陽平の手をしつかりと握った。
桜は一人、呆然と立ち尽くしている。
目の前で突然、皆が異国の言葉で話し涙をこぼしながら手を握り合っているのである。空心は桜に向かい安堵させようと、大きく頷いてみせた。一同が席に着くと、辰斗王が落ち着いた様子で話し始めた。
「皆、無事によう戻られた。長きに渡り大変な苦労をかけた。この恩に、これから報いていきたい。どうか皆、これからは穏やかに安心して、この蒼天で暮らして欲しい。
静月と陽平には、出来れば引き続き
空心、静月、陽平は、恐縮しながらも安堵し辰斗王の心遣いに甘えることにした。
事態を飲み込めず、不安げな桜を気にかけた空心は、
「桜、言葉も分からず不安だろうが、これからはこの蒼天で暮らすのじゃ。ここがそなたの生まれた地、故郷なのじゃよ。私や月、平も一緒にこの蒼天で暮らす。安心しなさい。
それにのう、そちらに居られる文世様と芙蓮様は、そなたの実の父母じゃ。奇病を抱えたそなたの治療の為に、泣く泣く赤ん坊のそなたを私に預けられたのだよ。この長い年月、ずっと身を案じ寂しい想いをして過ごされたことだろう・・・ 桜、恨むでないぞ。」
と、黄陽の言葉で優しく語りかけた。
桜は黙って文世と芙蓮を見つめた。芙蓮は立ち上がって桜の手を取ると、微笑み抱きしめた。実の母でありながら、心を通わす言葉がない。想いを伝える言葉がない。芙蓮は、ただただ娘を愛しく抱きしめる他すべがなかった。その静かな再会に一同は涙が止まらなかった。
「桜よ。これから少しずつ時間を埋めればよい。心を通わせればよい。少しずつ、すこしずつ、親子の糸を紡いでゆけばよい。」
空心が桜に言った。桜はただ黙って大きく頷いた。
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