桜、蒼天国へ

第10話 蒼天の空を舞う瑞兆

 吉紫山の天女との約束を無事に果たし、寺は穏やかな秋の深まりを迎えていた。空心は、いよいよと思い桜の帰国を思案していた。



【 辰斗王様。桜は無事に天女様との約束を果たし五色の絹糸を織り上げ、春には

 桜木に夏には竹林へと返しました。

 すると何とも美しく不思議な光景が広がり、その様子は、絹糸を見ることが出来な     かった寺の者たち皆の目にもはっきりと見えたのでございます。

 桜のお陰で吉紫山に善き恩返しができ、また大きな恩恵を得ることも出来ました。 

そのお話は、蒼天へ戻りました時に桜と共に語ることに致しましょう。


  これでもう、黄陽に桜を留め置く理由もございません。そろそろ蒼天へ連れて

 参ろうと思っております。

 来たる新年は、実の親子で過ごせますよう船をお出しください。

 こちらは、準備をしてお待ち致しております。


  それからこれは私の勝手でございますが、昔に残した蒼天での学びが気になっ

 ております。私も随分と歳を重ねました。残りの月日を、茶を飲み友と語り書を

 読み経を唱え、何よりこれまで成長を見守って来た桜の側で過ごしたいと思って

 おります。寺を弟子に譲り黄陽を離れ、蒼天の土に還る所存でございます。


 どうか、空心が蒼天に留まることをお許しくださいませ。お願い申し上げます。】




 思案の末、空心はこう文を送った。

 龍峰鳩より文を受け取った辰斗王は、すぐに使いを出し船の準備をさせた。そして準備が整い次第、迎えの舟を出向させ、黄陽国より空心と共に桜たちを連れ帰るよう命じた。




 

 一年も最後のひと月となり蒼天国の都、玄京シュエンジンは、年越しの飾りつけも始まった。彩られた街を人々は買い物や仕事納めの挨拶で行き交い賑わっている。

 今日はよく晴れたので一層人の出も多い。売り買いの声にあいさつを交わす声。年越しの金を稼ぐ大道芸も出て街は活気に溢れていた。



 王府でも年越しの準備が進められ、慌ただしくも平穏な気に包まれていた。泰極と辰斗王は、そんな屋敷の様子を見守りつつ庭を歩いている。


「今年も無事に暮れようとしていますね。父上。」

「あぁ、今年は戦も無く善かったが、西方の洪水が残念でならない。雨風は天の計らいとはいえ胸が痛い。来年は何とか治水を進めなければ、浅石チェンシの村の民に申し訳がない。」

「えぇ、そうですね。長雨の頃より前に、私も様子を見に参りましょう。」

「そうしてくれ。頼むぞ泰極。」

二人がそう話していると、よく晴れた空から霧雨のようなものが降って来た。


 二人がいぶかしんで空を見上げると、空に五色の龍と鳳凰が舞っているのが見えた。


「あや! 何という瑞兆! 五色の龍と鳳凰が現れた。皆! 空を見よ!」


辰斗王が驚きの声を上げると、侍従たちは急いで庭に出て来て空を見上げた。確かに五色の龍と五色の鳳凰が舞っている。


「辰斗王。これは何と珍しく、おめでたい事でしょう。きっと来年は、素晴らしい年になりますよ。」

侍従たちは口々にそう申し上げた。


「あぁ、あぁ、そうに違いない。何と喜ばしい事か・・・」

辰斗王は、空を見上げながら繰り返し言った。


 五色の龍と鳳凰は、幾度か空に円を描いて舞うと溶け合うように連れ立って龍峰山へ向かって飛び去って行った。皆は、ただその二匹の様子を見送った。


「父上、何という美しい瑞兆だったのしょう。素晴らしい光景を見ました。」

「あぁ、私も初めて見た。何と美しい姿か・・・ あぁ、まるで未来を予見しているような・・・」

辰斗王は言いかけて止め、じっと二匹が飛び去った龍峰山の方を見つめていた。



 都でも五色の龍と五色の鳳凰が空に現れたと、皆が一斉に空を見上げていた。二匹が飛び去ってゆくまでの間、五色に輝く霧雨が降り都の一切の音が消えた。時までもが止まったような静かな街に、人々は五色の霧雨が奏でる美しい音を聞いたように感じた。五色の龍と鳳凰が遠く見えなくなると、人々はやっと音を取り戻し、


「瑞兆だ!」

「瑞兆だ! 辰斗王、万歳!」

「辰斗王、万歳!」

と叫び始めた。




 都中が見た瑞兆の二匹が飛び去ってから程なくして、王府の侍従たちが慌てた様子で庭へやって来た。


「辰斗王、泰様。大変でございます。都中が大騒ぎになっております。」

「何事じゃ。先程の瑞兆のことか?」


辰斗王が冷静に尋ねると、


「はい。その瑞兆の五色の龍と鳳凰が龍峰山の方角へ飛び去り、地に下りて行ったそうでございます。そして今、その龍峰山の麓から火柱とも水柱ともつかぬ五色の柱が地中から上がっておりまして、都中が大騒ぎになっております。」


「なんだと! 父上、私がすぐに行って見て参ります。」

「よし、分かった。泰極、気を付けて見て参れ。」

「はい。行って参ります。」

泰極はすぐさま龍峰山へ向かった。



 龍峰山へ近づくにつれ火柱とも水柱ともつかぬ柱の大きさに驚いた。ゆうに大木を越え、五色に輝く柱は空高く上がってる。


「なんと・・・」


泰極は初めて見る光景に言葉を失った。


 よくよく近くまで行くと熱気も感じられ、飛んで来る水しぶきは温かくも感じた。


「泰様。ほんのり温かいような・・・ 吹き上がっているのは、湯水なのでしょうか?」

共に参った侍従が言った。


「そのようだ。これが異国にある温泉というものか? 以前、星水様が話されておった。蒼天にも温泉が出たのだ。何という喜ばしいこと。天の・・・ 五色の龍と鳳凰の恵みだ。あぁ、有り難い。民も喜ぶであろう。さぁ、急ぎ戻って父上に報告しよう。」


泰極は急いで戻り辰斗王に報告すると、すぐに整備の命が下された。



 その日より泰極は、龍峰山に泊まり込み調査と整備のための測量、計画にと付きっ切りとなった。新年より工事が始められそうだと目処が付き泰極が王府に戻ったのは、明日は大晦日という日の夕刻だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る