第8話  幻の絹織物

 翌日から桜は、機織りに励んだ。

不思議なことに五色の絹糸は、織っても織っても糸が続きなくならないようだった。しかし、織り上げた反物は増している。桜が天女から賜った五色の絹糸を織り上げている間に、空心は蒼天国へ文を送っていた。



【 桜の七季二回に渡る服薬も終わり、いつ蒼天へ送り届けようかと思案し始めて

 いたところ、桜と私とが同じ夢を見ました。

何とも不思議な夢で天女様が現れ、


 〈吉紫山にある雲外洞に五色の絹糸があり、それを持ち帰り織り上げよ〉

 と云われるのです。

 

  しかも、雲外洞も五色の絹糸も龍峰山の護符を持った者にしか見えぬ

 と云うので、桜と月、平を伴いまして山へ入ると、真に桜だけに見えたのです。

 桜は、確かに五色の絹糸を持ち帰り翌日から毎日機織りに励んでおります。

 上巳節までに一反。七夕節までに一反。織り上げるお約束になっております。


 これも吉紫山の桜葉、竹葉への恩返しと思い、桜をもうしばらく黄陽に留まらせ追   って蒼天へ送り届けようと思っております。

 ですので、もうしばらくお待ちください。 

  桜は、病も癒えた様子で元気にしております。ご安心を。】




 文を受け取った辰斗王は、


「きっと桜を救った吉紫山への恩返しになるに違いない。そのすべを天女様がお示しになられたのだ。」

と思い、その旨を文にして急ぎ空心の元へ送った。





 桜は来る日も来る日も織り続けた。次第に手は慣れ少しずつ早くなると、織りながら物思いをするようになった。


 幼き頃に吉紫山を駆け回ったこと。毎年春と夏に煎じ薬を飲まなければならなかったこと。その薬のお陰で、年毎に痛みと苦しさが和らいでいったこと。寺を支えてくれている村の人たちと話したあれこれ。小坊主たちと正座させられ、空心様に叱られたこと。これまでのたくさんの出来事や人々の顔が浮かんで来た。


〈あぁ、この山とたくさんの人々に守られながら恵みを受けて来たんだわ。病の治療が終わって、今こうして癒えたのもお陰様。空心様の仰る通りだわ。あぁ、お陰様だわ。〉

そんな想いが込み上げてきた。


〈この絹糸を織り上げて何になるのか分からないけど、天女様はきっと何かお考えがあっての事。しかも私にしか見えない絹糸なのだから、私が織り上げるよりほかないのよ。吉紫山のお陰様で大きくなったのだから、今度は私が誰かのお陰にならなくちゃ。この織物は、いつか誰かのお陰になるかもしれないわ。心を込めて織り上げましょう。〉

いつしか桜は、そんな幸せな気持ちになっていた。



 こうして五色の絹糸の一山分を織り上げたのは、雨水を過ぎ草木が芽吹く頃。上巳節は目前だった。


「出来たわ。なんて美しい織物でしょう。まるで天女様の羽衣のようだわ。皆にも見せてあげたい。」

桜は、織り上げた反物を頬にあて愛おしんだ。


 そして、丁寧に巻き終えると本堂へ持って行き仏前にお供えした。それから手を合わせ、無事に織り上げられた事を感謝した。すると、疲れと安堵から眠気がやって来てその場で倒れるように眠ってしまった。


「桜、桜よ。よく織り上げてくれた。感謝致す。」


夢の中で、桜は声を聞いた。低く大きく温かい声を。


「桜よ。目の前を見よ。見事な織物じゃ。そなたの心がよく見える。これより後、大事な話をするぞ。よく聞きなさい。


 上巳節の日、この織物を持って寺の者皆と山へ行きなさい。そして、山の桜のある処でこの織物を広げ空へと返しなさい。天女が取りに参り五色の霧雨が下りる。

 さすればそれより後、山の桜葉は、上巳節から次の満月までの間は紅く光らずともすべて特別な薬効のある葉となる。桜、そなたが飲んだ薬と同じになる。その葉を摘み寺で干し七枚を一包として村の民に分けよ。

 煎じて飲めば、女人の病に効く良薬となる。必ず、次の満月までの間に限り葉を摘むのじゃ。〈紅桜湯フォンインタン〉を民と分け合うのじゃ。頼んだぞ。」


声は消え桜は目を覚ました。


「あれはもしや・・・ 仏様ではございませんか? きっと仏様ですね。分かりました。上巳節の日、皆で山へ参りこの反物を空へと返しましょう。お約束致します。そして、皆で山の桜葉を摘みましょう。」


桜は、再び目の前の仏様に手を合わせると、焚いたはずのない香の匂いがし御鈴が三回小さく鳴った。




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