第6話 蒼い鳩の文
「文世様、庭の桜木に珍しい鳩が止まっております。ご覧になってください。」
王府の臣下が見つけて文世に報告している。
「何? 珍しい鳩だと?」
「はい、蒼い鳩でして、その羽根に龍の鱗のような模様があります。それに、とても賢い鳩のようで、私が近づくと高く飛び上がってしまいます。」
「〈もしや・・・ 龍峰山の神仙様から譲り受けた鳩やもしれぬ〉
ほほぅ。そなたより賢い鳩か、それは面白い。ぜひ見に行こう。」
文世は立ち上がり、庭の桜木を見に行った。
すると確かに蒼い鳩が一羽止まっている。
「〈間違いない。龍峰山の神仙様から譲り受けた鳩だ〉
おぉ。確かに珍しい。龍の文様がある蒼い鳩だ。どれどれ。」
文世が近づくと鳩は下の枝へ下りて来た。
「あやぁー、なんて鳩だ。誰が偉いか知っているのでしょうか?」
「はははっ。そうかも知れぬぞ。よーし、いい子だ。こっちへおいで。」
文世が腕を伸ばすと、鳩は腕へ移って来た。
見ると足元に文筒を付けている。文世は素早くその文筒を取ると、胸元へ隠した。
「大人しい賢い鳩だ。ぜひ、この珍しい鳩を辰斗王にもご覧頂こう。」
腕に鳩を乗せた文世は、辰斗王の部屋へ足早に歩いて行った。
「辰斗王、文世でございます。庭の桜木で部下が珍しい鳩を見つけましたので、こちらへ連れて参りました。ぜひ、ご覧ください。」
「文世、入ってくれ。」
文世は鳩を連れて部屋に入り、扉をしっかりと閉めた。
「ほう、珍しい。蒼い鳩か。誰か、鳥かごを用意してくれぬか。」
辰斗王は一目ですぐに龍峰鳩だと気づき人払いをした。
文世は辰斗王と二人だけになると、
「辰斗王、文を携えておりました。おそらく空心様からの文かと。」
「いかにも。龍峰鳩は神仙様から譲り受けた稀少種。めったに里には居らぬ。さっ、早く開けてみよう。」
「はい。」
文世が胸元の文筒から文を取り出してみると、両手の平に納まる程の紙に空心の文字がびっしりと詰まっていた。
【 辰斗王、文世様。すっかりご無沙汰してしまいました。
より安全を考えまして、星水様への文とは別に、お嬢様の事はこの龍峰鳩に託すことに致しました。
先日、山の桜に紅く光る葉を見つけ七日の服薬を無事に済ませました。
お嬢様の黄陽での名も‘桜-sakura-’と命名し、桜はよちよちと歩くようになりました。
寺の小坊主たちが右往左往して後を追っております。とても健やかでおられます。
どうかご安心を。】
文を読み終えた二人は、安堵と感謝で涙がこぼれた。
「娘は、七杏は幸せにしております。健やかに育っております。空心様、静月、陽平、寺の皆様、どうかよろしくお願い致します。」
文世は黄陽の方角へ深々と頭を下げた。
「文世、誠に善かった。これからの長い月日、我々はただただ祈るばかりだ。」
「はい。我々に出来るのは、ただ感謝し祈ることのみです。」
それからというもの桜の成長や服薬の様子を知らせる文は、龍峰鳩が運んだ。
【 桜は七歳となり春夏の服薬を終えまして、これで無事に最初の七季を終える事が出来ました。まずは一安心でございます。
近頃は手習いも上達し、書も読むようになりました。小坊主たちと日々、学んでおります。 別紙の書は、桜が私の手本を真似て書いたものにございます。
春七朝 夏三夜 七季巡過 日日是好好
ところで、守役の月と平でございますが、互いに想い合っている様子。
婚礼を進めましたが、大事なお役目で忍んで黄陽へ来ておりますので。と断られました。
蒼天へ戻りましたら、ぜひ婚礼を計らいください。】
【 今年も無事、竹葉の服薬を終えました。十三歳となった桜は、薬を嫌がりながらも聞き分けて飲んでくれるようになりました。
月が申すには、桜に潮が参ったそうでございます。僧ばかりが住む寺ゆえ公に祝いも出来ず、小豆餅を作ってやりました。
近頃は、寺へ来る村人の男女の情にも関心がある様子。共に暮らす月と平にも「二人は夫婦なのか?」と聞いたそうです。
早く治療を終え、桜をあの方と逢わせてやりとうございます。】
辰斗王と文世は、文を読む度に涙をこぼし会いたさと切なさが胸いっぱいに広がった。そして何より、付き添い世話をしてくれている空心、静月、陽平に深々と感謝するのであった。
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