第2話 利害が一致しました
「……いいえ、その逆なのです、婚約者様!」
声が上ずるのを感じながら、私は叫ぶ。
「私、骨が大好きなのです! 小さなころから骨好きで、昔から死んだ野犬やら魔獣やらを解剖しては、家族に大目玉を食らっていたくらいで! ですから今のあなた様のお姿は、もう、サイコーですっ!」
「はあ?」
「なんて素敵なお体なのでしょう!? しっかりした大腿骨も頸椎の可愛らしいポコポコも全てさらけ出して下さるだなんて!」
「ぽ、ポコポコ?」
「本来であれば、皮を剥ぎ肉を除き臓物を処理しなければ見ることのかなわない、骨、そう骨! その骨だけのお姿なんて、美しさと勇猛さを兼ね備えた完璧至高の美でしかありませんッ!」
一気呵成にまくしたてて、ふと名前も名乗っていないことに気づく。
「申し遅れました、私アンナ・ハイバーノと申します! ハイバーノ家の三女、年齢は十八。あなた様の婚約者として参りました!」
そう叫んで詰め寄ると、人骨標本こと私の婚約者様は一歩後ずさった。
骨なのでもちろん表情はないのだが、目代わりの青白い光が、こいつ正気か、と言っているような気がする。
けれど婚約者様はすぐに、静物画のような気品を醸しながら、
「――ふん。ハイバーノ家の娘は、そうやって相手に取り入るのか?」
「え?」
「聞いているぞ。ハイバーノ家の娘たちは、己の体質をかさに着て、嫁した家で権威を振るう。ああ、恥じることではない。弱小貴族にできることなどそのくらいだろうからな」
「いえ、別に権威を振るったことはないですが」
「良いだろう、俺も自己紹介をしてやる。俺はシリウス・アレキサンドリア。アレキサンドリア公爵家の後継ぎだ」
「はい、呪われた公爵家の方ですね」
そう言うとシリウス様はじろりと私を睨んだ。
「一言多い」
「ですが、今仰ったように、ハイバーノ家の人間が嫁ぐ先は、必ず呪われていますから。今さら恥じることでもないかと」
「黙れ。未来の夫の言葉に従えないなど、婚約者として不適格だと思わんか」
「思いませんね!」
元気よく答える。
「私は呪いの専門家(スペシャリスト)です。もっとも、婚約者として扱って頂ければそれに越したことはないですが。どうぞ宜しくお願いしますね、シリウス様!」
にこっと笑ってみるが、シリウス様は興味などなさそうに、背を向けてしまわれた。
ああ、それにしても、後姿の見事なこと。向こう側が透けて見えるのも、なんだかセクシー。
私のよこしまな視線を察したのだろうか、シリウス様は傍らのカウチにあったローブを取り上げて、すっぽりと被ってしまった。
「ああっ」
「何だ」
「そんなものを被っては、綺麗なお骨が見えなくなってしまいます!」
「……」
シリウス様は黙ってローブの前をかき寄せた。
仕方がない。ローブの裾からちょこっと覗く第一末節骨――親指の骨――でも見てようっと。
「やめろ、足元ばかり見るな」
「先っちょだけですから」
「だーめーだー! おいお前、ほんとうに俺の呪いを軽減させてくれるんだろうな!?」
口調がちょっと砕けた。良い傾向だ。私だって、婚約者がいつまでも頑ななのはつまらない。
そう、私がシリウス様の所へ嫁いできたのは、このお方が受けた呪いを軽減させるためだ。
シリウス様の呪い――骸骨になってしまうという呪いを。
それにしても、結構厄介な呪いと聞いていたが、骸骨になってしまう呪いだとは思わなかった!
道理でお父様が、私の縁談を決めた時、悪戯っ子みたいな顔をしていたわけだ。
骨好きの私にとって、伴侶が骨そのものであるというのは、ラッキー以外の何物でもない。
神様ありがとう、明日からも清く正しく生きていきます。
「もちろん、シリウス様の呪いを軽くさせて頂きます。そのために来たのですから」
「どうやって軽減させるんだ。どんな魔術も俺には効かない」
「問題ございません。ハイバーノ家は呪いに詳しいです。私たちは幼い頃から特訓して、呪いへの耐性を身に着けています」
「耐性がある程度で、呪いが軽減するのか?」
「しますとも。私たちの技術『アレイ』は、呪いの成分を吸い上げて、自分の体の中で魔力に変え、それを待機中に発散させます。呪いを吸い上げて一旦自分の身にためる必要があるので、耐性があると便利なんですよ」
そう言うとシリウス様はカチンと歯を合わせた。
「……それで、そのアレイとやらで、お前の身に問題は起こらないのか」
「起こりますよ? ですがまあ、吐き気・眩暈・頭痛くらいですから、シリウス様が今受けていらっしゃる苦痛に比べれば、どうということはないかと」
「そういう仕組みなのか。てっきり俺は、浄化か何かの力を使うのかと」
「聖女様の祝福である、浄化の力を使えたら凄いですねえ。だったら今頃、うちは王都の中心に大きな家を買えていたかも」
聖女様の持つ浄化の力は、まるで最初から呪いなんてなかったかのように、呪いを浄化してしまう。
ちまちま呪いを吸い上げてちまちま発散させる、私たちハイバーノ家なんて足元にも及ばない力だ。
けれど聖女様は、王都で女王陛下の浄化を行う任務があるので、貴族たちが受けた呪いは、こうやって私たちがせっせとアレイしている、というわけである。
「それにしても、シリウス様のお家は、ほんとうに大きいですねえ……。玄関だけでこんなに広い」
「持て余すほどだ。夜は俺一人しかいないからな」
「あら、どうしてです?」
「使用人は夜には近くの村に帰している。父上と母上は引退されて、王都にお住まいだ。弟は……。まあ、別の所に住んでいるし」
「でも、広いと楽しくないですか? 室内で人間ボーリングができますし」
「人間ボーリング? ……ああいい、説明はいらん、ろくなものじゃないだろう」
まあ、成人男性に嬉々として話すものではないな。
シリウス様は束の間私を見ていたが、ややあって興味を失ったように踵を返した。
「お前の部屋は二階の突き当りだ。勝手に休め」
「あ、ありがとうございます。シリウス様は……」
「寝室は別にある。……しかしお前も、実家を助けるためとは言え、魔獣しかいないこんな辺境の森に連れてこられるとは。どいつもこいつも哀れな奴だ」
そう言い捨てると、シリウス様は廊下の奥へ消えていった。
目に喜びをもたらしてくれていた骨、もとい婚約者様が姿を消すと、十時間の旅の疲れが、一気に押し寄せてくる。
「お言葉に甘えて休ませてもらおうっと」
荷物の中から、身支度のために必要なものと着替えを取り出し、二階に向かう。
二階もやはり薄暗かったけれど、ひときわ蝋燭の明かりが強い部屋があったので、すぐにそこが私の部屋だと分かった。
部屋は二間になっていて、入ってすぐのところには、大きなテーブルや本棚があった。
続く寝室に足を踏み入れると、ほんのりバラの香りがした。
「わ、広い! ドレッサーも大きいし、クローゼットも広いなあ。私の服なんか、ほんのちょっぴりなのに」
さすがに大貴族様は違う。身分不相応という言葉が脳裏をよぎったが、まあ、気にしないでおこう。
しかもありがたいことに、帰る前の使用人たちが、顔を洗うための水を用意しておいてくれたようだ。
私はそれで身づくろいをし、着替えてさっさと布団に入った。
柔らかな羽枕に頭を預け、見知らぬ天井を眺める。
――静寂。
「実家はうるさかったから、なんか変な感じ」
眠れるかな、なんて思っていたけれど、旅の疲れはすぐに私を眠りの海へ引き込んだ。
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