骨フェチ令嬢は骸骨騎士の婚約者を謳歌します ~昼はイケメンに戻っちゃうなんて聞いていないのですが!?~
雨宮いろり・浅木伊都
第1話 婚約者様とご対面
がたごと、がたごと。
国境付近にあるコロマンデルの森まで、馬車に揺られること十時間。
「うう、お尻が痛い……。でも、やっと着いた! 私の婚約者様のお屋敷に!」
ほんとうなら、私の実家から婚約者様の屋敷までは、五時間もあれば辿り着ける。
けれど馬車の車軸が壊れ、修理に立ち寄らざるを得ず、倍の時間がかかってしまったのだ。
「魔獣除けの術も使うのにはくたびれちゃったけど、無事に到着できて何よりだわ」
私は馬車から降りると、自分なりにめかしこんだドレスの皺を手で伸ばす。
そうして、夜の闇に沈んだ白い豪邸を見上げた。
「ここが、アレキサンドリア侯爵家のお屋敷か。それにしても、ずいぶんと暗いなあ」
馬車の音を聞きつけて、従者でも出てくるかと思えば、それもない。
既に十時間労働を強いられている御者は、私の荷物を屋敷の前に放り出すと、さっさと近くの村に引き上げてしまった。
「従者の方はいらっしゃらないのかも」
それなら自分で荷物を運ぼう。そう思って屋敷の重い扉を、ぐっと体重をかけて押し開ける。
中は暗く、廊下に仄かな蝋燭の明かりがともっているだけだ。
けれどその蝋燭の明かりは、双頭の鷲――アレキサンドリア公爵家の家紋をはっきりと浮かび上がらせている。
アレキサンドリア公爵家――。私ことアンナ・ハイバーノが嫁ぐ大貴族の名である。
ちなみにハイバーノ家は特段の爵位はなく、公爵家は王国の中で第一位に属する貴族に与えられるものだ。あまりの身分差にめまいがしそう。
私はまだ婚約者でしかないから、嫁ぐことが確定しているわけではないのだけれど、何だか急に不安になってきた。
「遅くなり申し訳ございません、ただいま到着致しました。アンナ・ハイバーノでございます」
声を張り上げてみるけれど、返答はない。
皆眠ってしまったのだろうか。まだ夜の八時だけれど、朝日と共に目覚めるタイプのお家なのかな?
そう思いながら、玄関を見回す。さすが武術に秀でた公爵家だけあって、斧だの槍だのが美々しく飾られている。
と、見慣れない武具の数々に紛れて、最高に素敵なものを発見した。
「わあっ」
広い玄関の隅に置かれていたのは、人骨標本だ。
思わず駆け寄ってじっくり眺める。
骨盤の大きさからして、男性の骨格標本だろう。
美しい肋骨のフォルム、月光のもとで白く輝く、たくましい大腿骨。
骨の屈強さに比して、なんとも愛らしい丸みを帯びた頭蓋骨。ああ。ため息が出てしまう。
「こんな素敵なものを玄関に飾るなんて、私の旦那様になる人は最高の趣味をお持ちだわ」
「そうか。俺の嫁になる女は、聞きしに勝る悪趣味のようだがな」
怜悧な声が響く。
どこから?
私の真正面から。
うっとりと見つめていた人骨標本が、ぐぐ、と首をもたげる。
チャーミングに開いた二つの眼窩の奥で、青白い光が灯った。
標本は呆気にとられる私をよそに、飾り台からさっさと降りると、こきッと首を鳴らした。
動いてる。
人骨標本が、目の前で、動いて、喋ってる!
ぞろりと並んだ歯をカチッと鳴らし、骨は嘲笑した。
「驚いて気絶しないのか? 倒れても俺は助けないが」
「……」
「ふっ。お前も、あまりのおぞましさに言葉も継げないか」
自らの婚約者。
ということは、この方は、私の婚約者様であり、アレキサンドリア公爵家の後継ぎなのだ。
ああ、信じられない。こんなことがあって良いのだろうか。
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