第8話 いつか貴方も照らされる

 コンテストの手続きとかもあってか、今日は夕暮れを見ることは出来なかった。ドタバタしていてすっかり夜になってしまった。解散は五時と言っていたのに結局六時になっている。秋の終わり頃はとても日が照らされる時間が短く五時だけでもう夕暮れ。冬は五時でも夜になる。…僕は孤児院に戻っている。いつもどおり…というわけではなかった。

 「へぇ〜。日影さんって私とこんなにも同じ道なんだ〜」

 日和…いや部長も一緒だ。どうやら帰る方向がたまたま同じらしく一緒に帰ろうと言われたので一緒に帰っている。

 「部長と僕の家…って…近いのですかね…」

 「部長じゃなくて色でいいよ〜。部員だけど私は立場とか気にしないし、そもそも同級生でしょ〜?」

 「で、でも…僕、誰かを呼び捨てにしたことが…なくて…」

 「それなら私を初めての呼び捨ての相手ってことでいいじゃん」

 色さんは楽観的な人だ。話してみて分かった。何事にもポジティブに捉えて、正しく日光のように明るい人。…話してみないと人の内面というのはわからないものだ。色さんは…今回の一件で僕に興味を持ってくれたのかな…。

 「というか本当に同じだね〜。まさか家までも同じとかねw」

 「そんなわけないですよ…」

 「いやあり得るかもよ?」

 「…え?」

 そして孤児院の前に着いた。そして僕は孤児院の方に歩いていく。…隣には色が同じく歩いている、孤児院の方向に…。

 「え…孤児院…」

 「やっぱり同じ孤児院出身か〜。同じ家だったね〜」

 色も…身寄りが…いない…。それなのに僕と違ってとても明るくて前を向けている…。…凄く羨ましいなぁ…そんな明るくなれれば僕もきっと日に馴染むことが出来るのかな…。

 「じゃあ、今夜、創真の部屋にお邪魔するからね〜」

 「え?あ…い、いいですよ…」

 「ありがと☆それじゃあまた後でね〜!」

 そう言い、色は孤児院に入り、全速力で彼女の部屋に向かった。というか色は僕の部屋の場所分かるの…?…先生に聞けば分かるだろうし…別に大丈夫…だよね。

 「ふぅ…」

 ぬいぐるみばかりある部屋に戻ってきた。少し片付けないと…色が来るから。来ないかも…しれないけど。まぁ、片付ける事に損はないか…。

 「おっ邪魔しま〜す!」

 「はやっ!?」

 あ…敬語…外しちゃった…。

 「わぁ〜ぬいぐるみばっかり!男の子なのに可愛い部屋だね〜」

 「そ、そうですね…」

 「も〜すぐ敬語使う…。ため口でいいよ〜。私も創真には慣れたから本来の口調で接しているし〜」

 …人間は慣れていない人だと敬語になり、友達や親友、親しい人になると人間本来の口調と性格が出る。…僕は性格は表と裏どっちも同じだけど…口調は敬語ではないなぁ…弱気な男の子って感じだね…。僕は…。

 「えっと…これで…いいかな?」

 「いいよ〜。敬語だと距離感が離れているように感じるし〜」

 色は僕のことを友達と認識してくれているのかな。そうだと…とても嬉しい…。僕は今の今まで友達とかいなかったから…。両親もいないし心の拠り所がない…空虚な存在だったから…とても嬉しい…。

 「いや〜文芸部の最後はドタバタだったよ〜。あんなにドタバタしたの初めてかも☆」

 「あの…ごめんね。いきなり入部して…」

 「全然大丈夫だよ〜。それにスリルあった方が面白いんだもん☆」

 孤児院の子は全員身寄りがなく、孤独でいる子どもたちなのに…色はとても朗らかに笑っている。両親がいないのにどうしてそこまで…笑っていられるの?僕はあんまり笑ったことなんてないや…。今まで日に照らされたことがなかったから…。…色…色という漢字…本当にその名前のように色彩みたいにカラフルで元気な明るい。

 「ねぇ…色ってどうしてそんなに笑っていられるの…?」

 「笑っていられる理由?そんなの単純だよ〜」

 「単純…?」

 「うん。笑っていないと泣いちゃうから」

 …泣く?色が泣くなんて想像もつかないや…。笑顔が素敵でいつまでも笑っていられるような子なのに…。

 「私ね。なんで両親がいないのかはさ…お父さんに暴力を振るわれていたとだけ言えばいいかな〜?」

 「っ!?」

 お父さんに…暴力を…?…痛い…自分を産んでくれた存在にそう扱われたら…自分の価値なんて…。

 「時々思っていたの。私、お父さんにとっていらない存在なのかな〜って。お母さんは私を見ていただけだったの。お父さんに殴られるのが怖いからって」

 …誰も助けてくれないか…辛かったのは僕だけじゃないというのは分かっていた。世界には僕以上に不幸で苦しい人たちがいる。僕の目の前にいる人も…その一人だから。…でもこの人は一生懸命生きようとしていたんだなぁ…。

 「そしてさ。お父さんがさ…ついにお母さんを殺しちゃった。ストレスの発生源は全て殺すとかそういう理由でね?」

 「…それってつまり」

 「うん。私も殺害対象だった」

 色は…生んでくれた存在に殺されそうになっていた…と。…僕の場合、お父さんとお母さんは間違いなく僕を愛してくれていた。だけど色は二人に愛されなかった…ということ…。

 「怖くて逃げ出した。殺されたくなかった。だから全速力で交番に向かって警察の人に助けを求めた。…そしてお父さんは逮捕されて、私はお父さんの子供ではなくなった。お父さんの子供ではなければお母さんの子供でもない…。…時々鬱になると思っちゃうんだ」

 自分って…誰の子なんだろうって…。

 …お父さんと絶交関係にあるということはお母さんとも絶交関係にあるということ。生みの親の一人を否定したから。もう片方も死んでしまったから、もう誰の子でもない存在になる…僕はその苦しみを知らない。

 「実質自分って空虚なんじゃないかって思い始めてね?鬱なことを考えないために笑えば忘れられるんじゃないかって思い始めたの」

 「空虚…」

 僕も自分を空虚な存在だと思っている。両親が僕と同じでいない色も同じ気持ちだった…。…いや、もしかしたらこの孤児院すべての子が僕と同じ気持ちだったのかもしれない。自分は空虚だって…。

 「…創真はどうして誰とも関わろうとしないの?」

 「…僕は…誰にも興味をいだいてもらえないから」

 「誰にも…?」

 色が自分の過去を明かしてくれたのだから僕も明かさないと…。色が明かしてくれる理由…それは僕のことを友達だと思ってくれているから。僕に言っても問題ないと思ってくれているから…。だから僕も色のことを信頼しよう。心晴さんと同じように…信頼しよう。

 「みんな僕の事をすぐに忘れる。僕が平凡で何も突出したところがないから。何も教わるところも、見習うべきところもないから」

 「…そっか…両親はどうしたの?」

 「交通事故で死んだよ。大事故で僕だけが生き残った。一人で孤独で…」

 「…事故の後遺症?もしかしてその片目…」

 「うん。片目は見えないんだ。…もう治ることもないから…」

 だから僕はこれほど日が眩しいと感じるんだろう。みんなと違い、僕は片目でしか日を感じることが出来ないのだから。もう片目で見ることはもう出来ないから。墨の世界は片方が真っ暗だった。日が当たらない真っ暗な世界。

 「…だけど創真の悩みは解決したよ?」

 「…え?」

 「だって創真のこと興味が湧いている人間が創真の目の前にいるじゃん」

 「…色…」

 本当に僕なんかに興味をいだいてくれるの?

 「そしてあこがれの人でもあるね〜☆」

 僕に憧れてくれるの?

 「だから暗くなくても大丈夫だよ!」

 …こんな僕でも…

 「いつか照らされるのかな。色みたいに」

 「いつか照らされるよ!絶対に!だって私の…あこがれの人なんだから!」

 憧れ、色にとって僕は輝いている人。僕は…少しずつ…日が照らされているんだ。…心晴さん…いや心晴。君は…恩人だ。こんなにも素敵な人と出会えたのだから…。…本当にありがとう。いつか…君にお礼がしたいよ。

 綺麗な夜明けが見える場所で…。

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