第3話 日は沈み始める

 「ただいま…」

 僕の部屋に戻っても「おかえり」と言ってくれる人はだれもいない。孤児院に戻っても、誰も僕に向かって「おかえり」と言ってくれない。みんな忙しそうだったり、暇そうだったり、笑顔で僕以外の孤児たちと遊んでいたり…ここにも楽しいが溢れていた。僕の部屋には楽しいがない。あるのはどの家にも必ずある家具と大量のぬいぐるみ、少しのゲーム機だけ。遊び相手は誰もいないから一人でぬいぐるみ遊びか、宿題を終わらせる事しか時間を使うことが出来ない。一人でぬいぐるみ遊びはとても虚しく寂しいもの。遊びというのは一人でも確かに楽しいがずっと一人だとだんだん悲しくなっていくものだと思う。そして久しぶりの誰かとの遊びはとても楽しいのだろう。僕でも恐らくそう思えるだろう。…羨ましいなぁ…

 着替えが終わり、片付けも終わった。そして宿題も終わらせた。日は少しづつだが沈んでいる。秋の終わりぐらいの季節だからそろそろ行かなければ日が沈みきってしまう。秋や冬になると日は早く沈んでしまう。だから学校から出ても少し時間が経ったらいつもの場所へ行かなければならない。夏や春だとそんなことはないが。夏も嫌いではないが、どちらかというと僕は四季の中では秋が好き。紅葉や銀杏が夕暮れの光を使って夕暮れと同じ色に輝いている景色は幻想ものだった。だから僕は秋が好き。夕暮れが一番美しく見える季節が一番好き。この頃の景色は絶景だから四季の中では一番「応急処置」が出来るのかもしれない。というより効果があるのかもしれない。秋があるから僕は「まだ」暴走せずに済んでいるのかもしれない。

 「…ふぅ」

 神社への階段は前も言ったとおりにかなりきつい。山にあるとは言ったが結構上の方にあるから体力自慢の人でも多分階段を登るのはきついと思う。僕が体力に自信がないから階段がきついわけではない。なんでこんなにきついのかというと神社のあるところが上の方だから…それだけではなく階段がかなり急斜面に作ってあるため階段の角度がとんでもない事になっているのだ。元々この山は崖や急斜面が多く、登山出来る山ではないという。だから山に入れる道は神社の参道しかなくそれ以外は崖や急斜面の整備されていない道である。そこを通るなんて自殺行為にも程がある。

 「着いた…」

 ようやくいつもの場所に着いた。相変わらず静かで風の音しか聞こえてこない。ここ周辺には鳥「さえも」いないのだ。虫などは少しだけならいる。でも虫は虫でも音を出さない虫ばかり。コオロギなど「も」ここ周辺はいないのだ。…人間以外の生物にも避けられているのだろうか、この神社は。

 僕がいつも夕暮れの町並みを見ている展望台は境内に入って右の方にある。来た道の方向を向くとちょうど日が沈んでいく様子を見ることが出来る。そこにはベンチがあるから立たなくても見ることが出来るから疲れはしない。今日もその景色を一人で見る…。

 そう思っていた…が。

 「…あれ?」

 ベンチに誰かが座っていた。僕と同じくらいの子供が。この場所は忘れ去られているはずだから僕以外はこの場所を知らない。…それなのになんで誰かがここにいるんだろう…?

 「…」

 「…!」

 僕に気づいたような反応を見せた。相手からしたら知らない誰かに恥ずかしいところを見られた心情だろうか。友達よりも知らない誰かのほうが恥ずかしいというか怖いというか。…いや、恐怖でしかないな。知らない誰かに自分の恥ずかしいところを見られたなんて…。

 「…貴方は誰?」

 「…え?あ…えっと…」

 名前なんて学校や孤児院の自己紹介ぐらいしか聞かれなかった。誰も僕に興味を抱かないから僕の名前を覚えない。覚えていなくても僕とは基本…関わらないからなんの問題もないのだろう。だけどそれ以外で僕の名前を聞いてくる人は…いなかった…。だけど今…僕の名前を聞いてくれる人が目の前にいる。

 「名前を聞いているの。…こういう時は私から名乗ったほうが礼儀…というのかな」

 「あ…そういうわけじゃ…ないよ…。…僕は…日影…創真」

 「創真…いい名前だね」

 「え…?」

 初めて言われた。いい名前だねって。両親でもなければ友達でもない「知らない誰か」にそれを言われた。…なんだろう…とても嬉しい…。

 「私は日向心晴(ひなた こはる)。質問攻めして悪いけど…何をしにここへ?」

 「…夕暮れ…」

 「私と同じだね。…あ、じゃあ私がベンチ独占していたら悪いね。隣に座りなよ」

 心晴と名乗る女の子は一度立ち、ベンチの端っこに座った。さっきまで女の子は中央の方に座っていた。…ベンチはそこまで長くはない、せいぜい三人がギリギリ座れるくらいだろう。中央にいると僕が座れないと思ったのか、僕とくっつかない端っこの方に行った…。知らない人とくっつきたくないよね。

 「あ…ありがとう…」

 僕は空いているところに座った。

 …それにしてもここに僕以外の誰かがいるなんて…想像出来なかった。でも恐らく会話は一つも交わさないと思うけど…。とりあえず今は夕暮れを見よう。心の穴の応急処置をしよう。…。

 「貴方、なにか悩んでいるの?」

 「…え?」

 僕は思いもしなかった。心晴さんと会話することになるなんて…。

 これが僕にとって初めて僕に興味を持ってくれる人との出会いだった。

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