第3話 覚醒の時

ダスは、イラついていた。


それは何故か。まず1つ目はフリシアについてあの小太りが何も情報をくれなかったからだ。知らない筈は無い。あの「能力」の事を本当に知らないと言うのなら、態々自分に面倒を見させる訳が無いからだ。なのに.......半分脅迫するような形で問いただしても、小太りは「そのまま鍛えろ」と宣うだけだった。

これだけでもイラつくが、それに加えて最近は異常気象が続いている。ダスの住処である地下室には質素な扇風機が取り付けられているだけであり、まともな冷房設備など存在しないからだ。


あれから.......最初にフリシアと出会ってから1週間が経過した。ヤツの戦闘能力は思った以上に伸びていた。最初こそ小さな氷の刃を作るだけだったが、今では中世の騎士が振るうような剣と大差無い大きさに成っている。


「.......ったく、解せねぇな」

「表の仕事」からの帰り道、ダスはブツブツと独り言を呟いていた。ダスの足元の地面には灼熱で焦がされたナメクジがくたばっていた。

最近は異常に暑すぎる—

歩きながらダスはそんな事を考えていた。


「おう、帰ったぞ」

いつもの地下室に着いたダスは、違和感に気付いた。いつもならばフリシアがおどおどしながら出迎えてくるのだが、今回はそれが無かった。別に迎えが無かった事それ自体はどうでも良いのだが、ダスは謎の胸騒ぎを起こした。急いで部屋に入ってみればフリシアは部屋の真ん中で蹲っている。

「.......何してんだおめェ?」

フリシアの様子を訝しんだダスは、彼女の顔を覗き込んだ。元々白い顔を更に青ざめさせ、苦しそうな表情をしている。

「腹でも痛てぇのか?」

「こ.......こないで.......ください.......!」

「あァ?」

その刹那—フリシアの体が青白く輝いた。次いで身を切るような冷たい波動と大量の氷の破片がダスに襲いかかる。

「ぐぉっ.......!?」

ダスは吹き飛ばされ、壁に背中から激突した。背中に走る痛みに怯むダスだったが、手の届く範囲にあった木箱から殆ど本能的にライフルを取り出した。

「なにしやがんだてめェ!?」

立ち上がったダスはライフルを構える。その銃口の先は冷たい霧に覆われており、フリシアの姿は確認出来ない。暫くして霧が晴れると、そこにはぐったりと倒れているフリシアを確認した。その様子からさっきの攻撃が意図的ではない事を察したダスはライフルを降ろす。

「おい、大丈夫かよ?」

ダスはフリシアに駆け寄った。先程の攻撃がどういう物なのかは分からないが、使えば自身の命を削る技である事は理解した。であれば、死なれては困る。何故ならヤツは「依頼品」だからだ。ヤツが満足するまで育てたら、前金の数倍の報酬を吹っ掛ける予定だ。それが壊れたら、困る。

「おい、起きろ!おい!」

ダスはフリシアを抱きかかえ、乱暴に揺さぶった。それを何回か試した時、フリシアは薄らと目を開けた。

「し.......心配かけて、ごめんなさい.......」

か細く呟いたフリシアの体は雪のように冷たく、ダスにはとても生きている様には思えなかった。

「バカが、心配なんかじゃねェよ」

ダスはフリシアを床に下ろす。

「お前に死なれたら俺が困んだよ」

「あ.......その右腕.......!」

「あァ?」

フリシアにそう指摘され、ダスは自身の右腕を見た。それは無数の氷の破片が突き刺さり、避けた皮膚から血が垂れていた。ダスは無言で左手で右腕を撫でた。左手にベットリと付着した血を見て、ダスは舌打ちした。

「おいおぃ、大ケガじゃねえか?これはよ」

そう言って見せたが、怪我を意識すればする程、鈍痛が襲う。ダスはそこらに転がっている氷の破片を拾うと、保冷剤代わりに傷口にあてがった。

「ごめんなさい.......っ!私そんなつもりじゃ.......!」

フリシアは涙を流して必死にダスの許しを乞うた。

「やめろ」

ダスは短く、そして鋭く言った。

「え.......?」

「そんな武器を手にして泣くんじゃねえ」

ダスは溜息をつくと、言葉を続ける。

「お前さ.......人を殺した事ってあるか?」

フリシアはフルフルと首を横に振る。

「だろうな」

俺はある。そう告げると、フリシアは氷のように固まった。

「俺の本当の仕事は殺人だ。もう何人も殺してきた」

「.......それって」

「この手も心も、血に濡れてんだよ」

ダスは淡々と言う。

「おめぇを鍛えてきたのも、仕事に参加させる為だ」

ダスの言葉に、フリシアは何も言えなかった。ダスは右腕に包帯を巻きながら続ける。

「明日の夜仕事をやる。おめぇのさっきの一撃を強化すれば、何人も殺れるだろうさ。これから殺人をやるってヤツが、怪我させたぐれぇで泣くんじゃねえよ」

「.......ごめんなさい」

「だから謝んじゃねえよ、じゃあ」

ダスはポケットからナイフを取り出した。

「俺を殺すつもりで、かかってこい」

「でも、私.......さっきのもう1回やれるかどうか.......」

そう言ったフリシアの頭上には、既にナイフは振り下ろされていた。

「きゃっ.......!」

ギリギリの所でそれを回避した。

「やれるかどうかじゃねえ、やんだよ」

ダスは間髪入れずにナイフを振るう。フリシアもそれに合わせて作った氷の刃で迎え撃つ。

「流石につえぇよな?じゃあこれなら.......」

ダスはそう言い、手にしたナイフを振るうと見せ掛け、投げた。投げられた刃はフリシアの胴体目掛けて突き進む。フリシアは身を捩って回避したが、そこで体勢が崩れた。

「そこだ」

ダスはもう一本ナイフを取り出し、無防備なフリシアを襲う。グズッと音がして、刃が突き刺さった。



「.......あ?」

刺さった.......そう思ったが感触が違う。見ればソレは体ではなく、フリシアが作り出した氷の盾に突き刺さっていた。

「今のを防いだか、やるじゃねえかよ?」

ダスは後ろに飛び退き、構え直す。


「う.......ぁ.......!」


フリシアは突然苦しそうに声を上げると、その場に蹲った。


「お?来るか?」

「ああああああァァァ!!!!」

フリシアは叫び、体中にハリネズミののように氷のトゲを生やす。そして、フリシアの体が先程よりも強く、青白く光る——



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氷塊都市 海鼠さてらいと。 @namako3824

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