第4話 そして、前夜祭当日



 一番めんどくさいであろう、魔石ランプの管理人。

 夜会の会場を照らし出す魔石ランプに絶えず途切れないように魔力を注ぎ込む係。

 少しでも注ぎ込む量を間違えたら、あっという間に明るすぎたり、光量が落ちたりして後から怒られることになる厄介な仕事。


 ほぼ半日にも及ぶ時間、細かいものまで合わせたら数百ある魔石ランプに、決められた量の魔力を附与することは、実は相当難しい仕事だとやり始めてシリルは気づいた。


「これってめちゃくちゃ重労働……じゃん」


 使い魔の朱色の猫、レムを屋根裏に配置してブレーカー代わりにする。

 ブレーカーというよりは、附与魔力制御盤代わりだ。

 魔力の量を制御する技術も求められるけど。

 一番問題なのは……尋常じゃない魔力を常に補充しなければならないというところ。


「この作業ってこれまでどうやってたんだろう?」

(魔導具にあらかじめ魔力を蓄積して、補充していたとか?)


 いきなり頭の中にレムの声が響いた。


 使い魔と主は、基本的に魂で繋がっているから心の中で思念を通じて会話することができる。

 念話とか呼ばれるこの技法は広く知れ渡っていて、その分、他人に思念を読み取られるトラブルなんかも後を絶えない。


 だから、繋がっている誰かとはあらかじめサインを決めておいて、互いにOKを出し合ってから会話を始めるのが普通なんだけど。

 この朱色の猫だけは、その慣習に従ってくれない。


「もー、いつもいつもあなたって聞いてくれないのね。誰かに聞かれたらどうするつもりなの?」

(心配しなくていい。俺ほどの格の高い魔獣にもなれば、大抵のやつは読み取れない)

「……格が高いって、どこまで本当なんだか」


 呆れたように返事をすると、レムはそれなら、とこんなことを言い出した。


(別にシリルが頑張らなくても、俺の魔力だけで今夜のすべてを賄ってもいいんだぜ?)


 これはこれで魅力的な提案だけど。

 もしどこかで失敗したら、お叱りを食らうのはシリルだ。


「気持ちだけ頂いておくわ。それよりどう? そっちに問題ないの?」

(うーん……この仕事に関しての問題はないなあ)

「どういう意味?」

(足元がなんだか賑やかなんだよ)

「誰か怪我人でも出たの? お酒で酔っ払って暴れたとか?」

(いやーそんなもんじゃない。お前も大嫌いなあれだよ)

「えっ……」


 あれって言われても思い当たるのはひとつしかない。

 だけどあれはこの国で禁止されているはずで。

 何よりあれが流行ったのは他の国で、それも五年以上も前だ。

 今更、こんな離れた国で真似をする輩がいるとも思えない。


(人間というのはどうしてこう結婚とか離婚とかそんなのが好きなんだ? 数年前に俺たちの国で大問題になったのを知らないのかこいつら)

「本当にあれが起ころうとしているの? だって、私たちの国で流行ってから国際問題にまで発展して禁止されたじゃない」

(だけど、やろうとしてるぜ? あーあ、可哀想に……)


 そんなことを言うレムは使い魔らしく、彼の耳に入って来た音声をこちらに転送してきた。



(「エミリア・センディア! センディア公爵家の恥知らず女め、俺はお前に婚約破棄を申し付ける!」)



「うわっ、いきなり何よー?」

(婚約破棄しやがったぞ、あの男。面白いやつだ)

「誰よその恥知らずは……もう思い出したくもないのに」

(この国の第六王子様らしいぞ。思い出したか?)


 いきなり脳裏に響いたあの宣言。

 それは愚かしくも恥知らずな貴族の行い。

 観衆の前に行われる断罪……婚約破棄宣言だった。


「思い出したわよ!」


 そして、それは幼いころのシリルにも降ってわいた悲劇でもあったのだ。

 十二歳の彼女は婚約者だった相手を幼馴染の令嬢に奪われ、さらにある罪をなすりつけられて公衆の面前で罵倒され、断罪されて追放された。


「あのクソ殿下のせいで、私はこんな不遇にっ……! あー思い出しても腹が立つ!」

(いいじゃないか、聞いてる分、見てる分には面白いぞ。最高のエンターテインメントだな、これは)

「あのねーレム。もし、同じことを私の前で言ったら、全身の毛をむしり取ってやるから!」

(怖いこと言うんじゃねーよ、御主人様。そんなに恨みがあるなら、会場に行って可哀想な公爵令嬢様を助けてやったらどうだ?)


 それって、最高にいいアイデアかもしれない!

 なぜかわからないけど。

 この時、怒り心頭で頭の中がまともに回ってなかったシリルにとって、レムの提案はとても魅力的だった。


「ありがとう、レム。その考え、とてもいいアイデアだわ。頂き」

(はっ? おい、シリル? 何考えて……)


 使い魔が制止の声を発した時。

 全てはもう遅かった。


 大広間。

 華やかなダンスの真っ最中に、その一言は場内に響き渡った。


 第六王子アノンはダンスを踊っていた貴族令息から婚約者を奪い取ると、高らかに恥知らずとも言える一言を叩きつけた。


「エミリア・センディア! センディア公爵家の恥知らず女め、俺はお前に婚約破棄を申し付ける!」


 ……と。


 そして、世界は止まってしまった。

 愚かしくも恥知らずなあの一言が、会場に響き渡って人々の動きを止めてしまい、夜会の主役は卒業生ではなく彼ら二人に変わる。


 事態は、第二王子と第六王子の目論見通りに動き始める。

 だから、悪党の二人もこれだけは予測できなかったと思うのだ。

 外からの転移魔法などが使えないように宮廷魔導師のよって厳しく、魔封じの結界が張り巡らされた大広間。


 しかしそこにも、魔石ランプの補充係なんて抜け穴はあるもので。

 だが、ここの床板は脆いのだ。

 猫である自分が歩いてもギシギシと鳴るのに、そんなところに人間のシリルが転移魔法で出現したらそれはもうどうなるか分かりそうなものだ。


「あー……まじかよ」


 天井裏から床板を踏み外して真っ逆さまに落下したシリルの姿を追いかけて、レムはあーあ……と悲鳴を上げた。


 まさか、天井裏からこんにちわ、よろしく……長い金色の髪を持つ少女が降って来るなんて。

 そう、誰も予測できず、いきなり現れたシリルが「いったーい」なんて悲鳴を上げてお尻をさすりながら立ち上がるまで。


 誰もが呆然として彼女を見入っていた。

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