第3話 裏ギルドへの依頼
王都の総合ギルドに、魔法学院の夜会の運営補助をする依頼が来たのが、ひと月ほど前のこと。
魔法学院なんだから教師と生徒達が総出でやればいいじゃない。
そう思われがちだが、パーティーというものは実際のところ、魔法でどうにかなるということはあまりない。
訪れる客によって用意しなければいけない料理もお酒の数も給仕する人数も、料理人の数だって違ってくる。
魔法使いが料理をしたり給仕をするわけではないから、そこは総合ギルドに所属する料理人や給仕専門の部門から人員が派遣されることになる。
今回は、国王陛下などが来られるということもあって、警備段階は最高に設定された。
「……で、だ。俺達、庶務六課にも依頼が舞い込んできた、と。そういう話だ」
六課の課長。百腕巨人の子孫といわれている強面の男、ガイルはつるりと剃りあげた額に、窓から差し込んできた陽光を反射しながら目の前に立つ部下たちに告げた。
それに向かい非難の声を上げる少女が一人。
足元にでっかい朱色の猫が寝そべり、うたた寝を楽しんでいる。
レムと呼ばれるこの使い魔の飼い主、シリルだった。
「いやまぶしいですって」
「眩しい言うな! 差別か? 差別なのか? 俺が戒律に従い髪を剃ってるのが、差別に見えるのか!」
ガイルはそう言い、目の前にいた一人の少女を数本の腕で掴みあげると、強面の前に彼女を晒した。
「差別なんて言ってないじゃないですか! もうその三白眼怖いからこっちに向けないで!」
「それを差別って言うんじゃねえのかよ、シリル。おおっ?」
「知りませんよ! 課長がどっかのブッディストだかなんだか知らないけど、そんな宗教の家柄だってことは知ってますけど。だからって、それと頭が陽光を反射して私たちが眩しくなるのは別問題でしょ!」
「おい、てめー……随分と命知らずな物言いをしやがるな」
「本当のことを言ってるだけですか。なんですか? いずれその毛根が尽き果てそうだから、その事前準備ですか?」
あまりもの毒舌に、ガイルの額に青筋が数本、ぴきりと浮かび上がる。
掴み上げられた少女は少女で、全く怯むことなく、百腕巨人に向けて動く方の手に持ち替えた杖の先を向けていた。
「体をバラバラに引き裂かれたいのかこのクソガキが」
「その前に、無詠唱で毛根を焼き尽くして差し上げますよ、この異教徒!」
周りのそれを見ている面々には、誰も止めようとする者はいない。
それは目の前で行われているこの光景が、ほぼほぼ毎日。
このやっかいものばかりが揃った庶務六課で見ることのできる光景だったから。
長方形のこの部屋で、唯一窓があるのは課長席の後ろだけ。
夏場にもなれば暑いだろうけど、冬場の今はそうでもない。
いやいやそれは関係ない。
「眩しいのは眩しいんですよ。そろそろ理解してくれません?」
見かねたのかこのままでは始業時間が始業にならないと思ったのか、タンクトップ型の装甲に、お腹も露わな革の短パンをはき、足元は同系色の太ももまである長靴を履いた少女がそんな声を上げた。
ちなみに彼女の席は一番後ろで、その身長も居並ぶ庶務六課の面々のなかでは一番低い。
よって、課長の日光の反射もデスクの上に積まれた書類や本の束によって遮られる。
そんな特権を持つ少女の名は、サリナ。
盗賊課から厄介払いされてきた、女盗賊だった。
「サリナ。お前はで俺のことを差別するのか?」
「差別してないです。事実を言っただけです。ついでに、そこの使えない炎の魔女も毎朝毎朝うるさいですよ」
「私まで差別するんだ……サリナって酷い奴」
「まったくだ。誰も彼も俺達を差別しやがれ」
「あ、いえ。私を一緒にしないで下さい。まだ毛根は生きてますから」
さらりとした腰まである彼女の髪は混じり気のない、完璧に均質な金色で。
実を言えば、課長のそれだけでなくシリルの金髪もまた、毎朝の騒動で他の職員の目をくらませるのに一役買っていたのだ。
「この裏切り者が!」
「仲間になった覚えはありませんから。同じ職場で働くっていうただそれだけです」
そろそろ離しやがれ、このハゲ。
そんなことを心の中で思いながら、課長の束縛から転移魔法で逃げたシリルはガイルの隣の席に着席する。
意外にも、仲が悪そうに見える彼女たちは実は課長と課長専属秘書という、微妙な上司と部下の関係だった。
藍色の魔法使い専用の外套、生成りの麻の真っ白なボタンシャツと、真っ黒に染めた伸縮性の良い素材で編まれた足首まであるパンツは彼女の全身にぴったりと張り付いていて、スタイルの良さを際立たせている。
金色の瞳は魔族の証。
白く透き通った肌には青白い血管がそこかしこに浮き出ていて、陶製の人形のような薄気味悪さを見るものに印象づける。
そんな彼女……社長専属秘書の魔女シリルは十七歳。
この荒くれ者だらけの庶務六課の見えない屋台骨として周りからは慕われていた。
それで、とシリルは今朝の議題を復活させる。
「上層部の方から、ここに依頼が降りてきました。やることは簡単。王都の外壁部における警備の補佐、数名。魔法学院の会場の中で、設備管理の補佐が数名。それだけです」
「魔法学院の会場って何をするのさ?」
サリナが主題が語られていないと指摘する。
シリルはああ、と言うと手にしていた書類を魔法で複製し、それぞれのデスクの上に転送した。
「毎年、この時期の風物詩と言ったらいいかもね。魔法学院の卒業式の前夜祭。その裏方の仕事が回って来たって感じです」
そこまで言うと、課長は周りを一瞥する。
特に誰からも質問は出てこない。
それに満足したのか、課長はひとつ頷いて仕事を開始した。
彼に質問すると、さっきみたいな差別だの何だのと色々と面倒くさいことになる。
だから質問がある時は、誰もがシリルに声をかけことになる。
この後彼女のデスクの前にズラリと職員の列ができても、課長は興味なさげに眉ひとつ動かさなかった。
「あんたたちももっと真面目に働いたらここに来ることなかったのにね」
冒険者の悪い所。
その日暮らしで誰かに命令されることが大嫌いで、宝物を掘り当てることが大好きで、冒険と聞くと子供みたいに目を輝かせて出かけていく。
数ヶ月。ひどい時は数年間もかけてダンジョンに潜って戻ってこない。
こんな能力は人並み以上だけど社会不適合者ばかりが集まった庶務六課。
誰が呼んだか王都の裏ギルドは、本日もこうして開店したのだった。
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