第2話 屋根裏の使い魔


 真っ暗なその闇の中で四足の生物がはっきりとした目的地を持っているかのように歩いていた。

 明かり一つない闇の世界だが、静寂に包まれているわけではなく足元から、時折、賑やかな声が昇って来る。


 頭の先から尾の先までニメートルほどの長さを持つ、長毛種の猫は血の色のように真っ赤な朱色の毛皮を身にまとっていた。


 猫が歩く先には、ポッポッとまるで行き先を示しているかのように、小さな鬼火のようなものが浮き出ては消えていく。

 彼がそこを通ると、明かりは消え去り跡形もなかったかのように見えた。


「まだかよー、結構歩いたはずだぜ?」


 猫が人の言葉でそう語りかけると、首に巻いた青い布の下から、別の少女の声が戻ってくる。


「もう少しのはずなんだけど。誘導灯、まだ着いてない?」

「……いやまだついてるけどさ。そろそろ腹減ったぜ」

「終わったらたくさん食べさせてあげるから。高級猫缶がいいの?」

「そんなもんより生魚をよこせ」

「骨があるから嫌だって文句ばっかり言うくせに、レムのわがまま」


 少女が意地悪を言うと、レムと呼ばれた赤毛の大きな猫はフッと鼻を鳴らした。

 どうやら不機嫌になったらしい。


 それでも、足元に積もりに積もった埃が自分の立派な尾にくっつかないようにと、細心の注意を払いながら彼は歩を進める。

 やがて、誘導灯が終わるとそこから向こうは人一人がたっても歩けるぐらいの高さの天井と空間が広がっていた。


「……シリル。どうやら着いたようだ……」


 不機嫌ながら出て来たその声は、周囲に響かないように気配りがなされていた。

 足下には壁一枚を隔てて数百人の人間が集まる会場がある。

 自分は数キロの体重があるから、うっかりと床板を踏み外して落下する――なんてことも考えられて、レムは慎重になっていた。


 いきなり、自分のような巨大な猫が落下してきたら……と、その光景を想像して笑いがこみ上げてくる。

 猫はどこまでも悪戯好きな性格だった。


「着いたの? なら作業を始めよっか」

「ここまで来させておいて、まだ働かせようってのか? ネコ使いの荒いご主人様だよ、まったく」

「文句ばっかり言って普段はゴロゴロしてるのは誰ですか?」

「分かったよ、やればいいんだろ。やれば」

「そう、それでいいの」


 そう言うと、シリルの声は彼の首の後ろから聞こえなくなってしまった。

 猫なんてものは気まぐれにゴロゴロとしているのがちょうどいいのに。

 なんであんな魔女の使い魔になってしまったのだか。

 自分の身の上の不幸を嘆きながら、猫は尾のさきっぽに青白い炎を灯す。

 そうすると、床上にはさっきよりも少し大きめの鬼火がたくさん出て来た。

 正確に均等にそれでいて並びは複雑で。


「これ全部俺が火を灯すのかよ……」


 と、ぼやきながら尾の先に灯した青白い炎を、さらに十数個に増やして。

 魔女の使い魔は、階下の大広間を照らし出す、天井から吊られた魔法のランプに、魔力の補充を開始した。


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