王都のチートな裏ギルド嬢
和泉鷹央
1.彼女が我が家にやってくるまで
第1話 殿下たちの画策
王都の魔法学院が毎年行う卒業式の前夜祭。
その夜会の前日。
王宮の東側にある塔の一室で、ひっそりと顔を突き合わせて話し合う二人の男性の姿があった。
彼らは部屋の外にそれぞれの従者を待たせると、テーブルに椅子が数脚しかない粗末なつくりの物置のようなその部屋で、静かに腰を落ち着けた。
「どうだ、計画はうまくいきそうか?」
年配。三十代で小太りの男。
身分の高い者しか着ることを許されない紫色の帯を腰に巻き、白い純白のスーツに身を包んでいる。
「ええ、上手くいくでしょうね。兄上」
「何と呼ぶな、第二王子と呼べ。アノン……第六王子」
「これは失礼いたしました、第二王子スルバン様」
アノンと呼ばれた青年はまだ二十歳そこそこにしか見えない。
紅の帯を腰に巻き、ゆったりとした東方風のそれでも上等な絹のシャツと足首が見えるほどの裾しかないパンツを履いていた。
第二王子は異母弟の返事に満足そうにうなずくと、宝飾品で飾られた左腕をテーブルの上に静かに置く。
すると、そこには円形の魔法陣のようなものが展開される。
それはすぐさま、立方体になり、どこかの建物の見取り図だとアノンには理解できた。
「魔法学院の前夜祭。その会場ですか」
「そうだ。やることはわかっているな?」
「もちろんです、兄上。我等、母親は違えど同じ父を持つ者。そういう意味では、あれも同じくですが」
「あれもな」
ふんっと髭を顎周りに生やした第二王子は不服そうに鼻を鳴らした。
黒髪に鳶色の瞳が、強烈な悪の香りを醸し出している。
「あれもです。第八王子ザイード。母上たちの御一人、第二夫人カナリア様の唯一の御子」
「……父上が若いカナリア様を第二夫人に迎えて、十年。いつまでたっても子供ができず、このままでは若い彼女の魅力は終わり宮廷での権勢もそのまま終わってくれればよかったものを」
「いきなりですからね。自分が六歳の時、まさか弟が生まれるとは……思いもよりませんでした」
「それはこちらも同じだ。生憎と兄上、第一王子から下は第四まで。姉上たちは王位継承権はないが、その夫たちはそうでもない」
「このまま行けば、ザイードの王位継承は間違いないと。そういうことですか」
第二王子は認めたくないという顔でそれを支持した。
「嫌な現実だ。兄妹姉妹が争わなければいけないということも、全くもって嬉しくない現実だ」
「しかし、それを乗り越えなければ」
「わしらの未来の安泰はやって来ない。カナリア様は隣の帝国の皇女だ。ザイードが王位に就けば、この王国は遅かれ早かれ、帝国に吞み込まれる」
その前に手を打たなければならん。
そう言い、どこから取り出したのか。
第二王子は二本の葉巻を手に取り、その片方を弟に渡してやる。
吸い口を指先で斬り落とすところなど、第六王子アノンからすれば驚きの限りだ。
「相変わらず、見事な魔法の御手前で……」
「魔力を持つ家系だからな。その血を引く母の元に生まれた。ただそれだけだ」
指先をパチンと鳴らすと、そこには小さな炎が生じた。
葉巻に火を移すと、その味を楽しむ弟に第二王子は優し気い顔を向ける。
そこには確かに兄弟の感覚があった。
「しかし、よろしいのでしょうか。ザイードの婚約者と自分の妻になる女は、それなりに親しいと聞きますが」
「同じ年度の卒業生同士だ。友人であっても不思議はない。センディア公爵家のエミリア様だったか」
「ええ、そうです。軍務大臣の御令嬢」
「帝国と仲の良い軍隊を預かる貴族だ。我らにとっては不必要だろう。消えてもらえるならば越したことはない」
「やはりそうなりますか……」
どこか残念そうな弟の言葉に、兄は眉をびくんと跳ねあげた。
「なんだ? そんなに美しいのか?」
「ええ、この世のものとは思えないほどに。ザイードの婚約者、アナスタシア様とともに学院の二つのバラと並び称されているとかいないとか」
「下らん……。それならば、お前が断罪した後に好きにしろ」
「好きに、とは?」
まだ政治にうとい弟は不安そうな声を出す。
兄はそんなところがまた可愛いのか、第六王子の腕をどん、と叩くとしっかりしろ。
そう言い、知恵を授けた。
「いいか、お前はまずエミリアを婚約破棄し、断罪しろ。理由はわかっているな?」
「ザイードを……あれに色目を使った。そういう話です、か」
「そうだ。婚約者がいる身で他の男に気を寄せればそれは罪だ。決めるのは夫になるべき男が決められる」
「我が国の法律といいますか。慣習の恐ろしいところですね」
「分かっているなら口に出すな。その後、ザイードも断罪すればいい。婚約者がいる女に色目を使うことは同じく死罪だ。女は、家と男の道具だからな。女は宝物だ」
「うまく使えば、国が富み。失敗すれば国が滅ぶ。危険な宝物ですね」
「あとはお前次第だ。うまくいかなかった時は……いいな?」
容赦のないその一言に、肉親の情などかけらも込められていなかった。
元々、気が弱い第六王子は血の気が引くのを感じた。
この兄に逆らうことは許されない。
そう思いながら、ゆっくりと首を縦に振っていた。
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